こんにちは、つみれです。
このたび、伊与原進さんの『八月の銀の雪』を読みました。
第164回直木賞候補作にノミネートされた短編集で、収録された5編ともに心がじんわりとあたたかくなるような優しい物語となっています。
また、2021年本屋大賞にノミネートされた作品でもあります!
それではさっそく感想を書いていきます。
▼第164回直木賞候補作をまとめています。
▼2021年本屋大賞ノミネート作10作をまとめています。
作品情報
書名:八月の銀の雪
著者:伊与原新
出版:新潮社(2020/10/20)
頁数:255ページ
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目次
自然科学が人の心を癒す!
私が読んだ動機
第164回直木賞候補作にノミネートされたので読んでみようと思いました。
こんな人におすすめ
- じんわりと心があたたかくなるような短編が読みたい
- 普通の人たちの再生の物語、再出発の物語が好き
- 陰鬱な物語・殺伐な物語に疲れてしまった
- 直木賞候補作が読みたい
- 本屋大賞候補作が読みたい
あらすじ・作品説明
何かしらの悩みを抱えている主人公が科学の不思議さに感化され、心の傷を癒していく短編5編を収録。
- 就活連敗中の主人公が、自宅近くのコンビニで働く「使えない」と侮っていたはずの外国人アルバイトの語りだす「地球の内部の話」に影響される表題作「八月の銀の雪」。
- 育児に疲れた主人公が、意外なところで出会った博物館勤務の女性から聞かされた「深海の物語」に後押しされる「海へ還る日」。
- 夢破れた主人公が、勤務する不動産会社の業務中に「伝書バトの話」を聞き、日頃の鬱屈から解き放たれる「アルノーと檸檬」
- 「女性は女性らしく」という風潮に疲れていた主人公が、「珪藻アート」に夢中の男性と出会い、次第にその魅力に惹かれていく「玻璃を拾う」
- 勤め先に失望した主人公が会社を辞め、その傷心旅行の途中で「凧あげ」している男性から太平洋戦時のとある話を聞いて再出発を決心する「十万年の西風」
5編とも、読後にじんわりと心があたたかくなるような優しい読み心地が魅力の短編集。
人間ドラマと自然科学を融合させた作風
正直なところを書くと、第164回直木賞候補作が発表されるまで私は伊与原新さんという作家を知りませんでした。
本作を読むと、いろいろな自然科学的要素について説得力を持たせつつ物語に絡ませて描いています。
その知識の元はどこにあるのかとしらべてみたら、伊与原さんは大学に理学部助教として勤めたことがあるということです。なるほどね!
「人間ドラマ」と「自然科学」を融合させためずらしい作風の作家さんですね。
普通の人の等身大の悩みを描く
本短編集の主人公たちは、どちらかと言えば主人公らしくない人たちです。
現代社会のなかで窮屈さを感じているような、冴えない自分をどこか諦観しているような感じの本当に「普通の人」ばかり。
そして彼らはみんな「悩み」を持っています。
その悩みも、「就職活動がうまくいかない」とか「育児」などなど、普通の人が普通に持ちうるものばかりが取り上げられていて、その「等身大さ」に思わず感情移入してしまいます。
科学的なものとの出会いと人との出会い
上にも書いたとおり、各短編の主人公はそれぞれ悩みを持ちながら生活しているわけですが、あるときまったく別の世界に生きていた人と出会います。
やがて彼らに影響されて自分なりの学びを得ていく。そんな短編が集められています。
そしてその出会った人というのが、何かしらの自然科学的な仕事に従事していたり、趣味を持っていたりします。
その自然科学的な要素の不思議さ・おもしろさ・奥深さが、主人公を悩みから解放し、ポジティブな方向に進ませる推進力となっていくんです。
社会のなかで生きているといつの間にかいろいろなものに縛られています。
その種のしがらみからくる鬱屈した気分や煩悶、停滞した人生を、ちょっとした出会いが解放していく。
そんなポイント切替えのシーンを集めたような短編集になっていて、読んでいると心が洗われるようにすっきりします。
スーパースターではない普通の人たちの再生の物語、再出発の物語を読みたい人におすすめの一冊です。
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文系の私でもわかる自然科学
本短編集で取り上げられている物語は、いずれも人と人との出会いによって再生していく主人公に焦点が当てられていますが、そのなかで自然科学的なウンチクがアクセントになってきます。
このあたりは、理学部助教として勤めたことのある作者伊与原さんの持ち味が存分に発揮されていますね。
文学部出身で骨の髄まで文系という私にとって、理系要素というのはそれだけで敬遠するに足る強敵ということになります。しかし、
本短編集で取り上げられている自然科学的な理系要素はいずれも目新しいものばかりで、はっきりいうと、めちゃくちゃおもしろいのです!
あまりここでネタバレをしてしまうと実際に読む楽しみを半減させてしまうので詳細には触れませんが、日常生活では気にもかけないようなことがピックアップされています。
地球の内部の話とか珪藻アートの話、伝書バトの話とかね。
新しい知識が増えるというのは単純に楽しいものですよね。「知る」楽しみがあります。
こういうサイエンス的な部分が唐突に語られるのではなくて、人と人とを繋げる役目として登場するのがまたいいんですよ。
自然というものの雄大さ、鷹揚さ、悠遠さが、こまごまとした人間社会の悩みを忘れさせてくれます。
再出発系のじんわりあたたかい物語で、ここまで科学的な要素がからんでくるのはめずらしい作風だと思いましたね。
収録作5作
どんでん返し!とか、今世紀最高のトリック!とか、そういった派手さはないものの、本作の落ち着いた筆致とあたたかい読後感はささくれた心をほぐしてくれますね。
心がざらついているときや、何か悩みを持っているときに読むと、主人公たちに共感できるかもしれません。
収録作5編を、私のお気に入りポイントや思ったところ等を添えて簡単に紹介していきますね。
八月の銀の雪
正直、最初は主人公の性格が気に食わないな、と思っていました。
ですが、読み進めるほど気にならなくなってきます。
自分の人生の躓きからくるイライラを外部に向けてしまうような感じ、それは私も実感したことがある感情だからですね。
自分だけ就職活動がうまくいかない劣等感やそこから生まれる世間に対するいら立ちが、非常にうまく描かれていると思いました。
最初はこの本を短編集だと思っていなかったため、唐突にこの物語の終わりを突き付けられてしまって、思わず「もうちょっと続きが読みたい!」と思ってしまいましたね。
個人的な意見だけれど、「もうちょっと続きを読みたかった」と思わせてくれる作品は短編として大成功だと思っています。
これはめちゃくちゃいいお話ですよ。
海へと還る日
子育てに疲れているシングルマザーを描いている本作。
何より行き交う人々が自分に向けて敵意の視線を向けていると過剰に恐怖してしまう主人公の感情が印象に残ります。
博物館勤務の人々が語る海の生物の情報伝達の話は、彼女の心に刺さるところがあったのでしょうね。
クジラやイルカの習性については、知らないことばかりでとても興味深かったです。
アルノーと檸檬
個人的には主人公が鬱屈から解放される物語自体よりも、伝書バトの習性やそれを利用した歴史的な物語のほうがおもしろかった一編でした。
通信技術が発達する以前のハトたちの活躍がめちゃくちゃおもしろくて、いろいろ調べてみたくなりましたね。
ハトたちの健気さはジーンとくるものがあります。
玻璃を拾う
「女というのは、ありのままでは生きていけない生き物」(『八月の銀の雪』kindle版、位置No. 2191)という女性特有の悩みがテーマになっていて、「さばさばした女」を演じながら脆い自分を隠して生きている女性が主人公。
初めは嫌っていたものを、少しずつ見直し始めていく心の変化がとても人間らしくていいなと思いました。
最初の印象や見た目だけでその人を判断し、勝手にマイナス感情をいだいてしまうことは日常でもよくあることあることだけれど、少し話してみると「あっ、これは話しやすいな」みたいなこともよくある。
そういう良くも悪くも人間らしさのようなものがよく出ている作品で私は大好きな一編ですね。
「玻璃を拾う」というタイトルもセンスがあって素敵ですねえ。
十万年の西風
「凧あげ」している男性から戦時中の話を聞き、それを自分の置かれている状況と重ねて再出発を決めるというお話ですね。
正直に書くと、本短編集のなかでは一番インパクトに欠けると思いました。
本短編集は主人公の悩みがそれぞれ違っていて、深く共感できるものもあれば、当然それほどでもないものもあります。
どの物語が刺さるかは読む人によるかもしれませんね。
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終わりに
上のほうにも書きましたが、本短編集を読むまで伊与原新さんという作家さんを知りませんでした。
いや、本当にいい作品を書く作家さんだと思いましたね。
あからさまに「感動させてやろう」というのでなく、さりげなく人の心を打つような自然な距離感がとても心地よかったです。
本記事を読んで、伊与原さんの短編集『八月の銀の雪』を読んでみたいなと思いましたら、ぜひ手に取ってみてくださいね!
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
▼第164回直木賞候補作をまとめています。
▼2021年本屋大賞ノミネート作10作をまとめています。
つみれ
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