こんにちは、つみれです。
このたび、今村翔吾さんの『じんかん』を読み終えました。
第163回直木賞の候補になった作品で、戦国時代の三大梟雄の一人、松永久秀を主人公に据えた歴史小説です。
下剋上と言えばこの人!謀反が趣味の大悪党!みたいなイメージの強い松永久秀ですが、その印象が変わることうけあいの一冊。
第163回直木賞候補(2020年)
第11回山田風太郎賞受賞(2020年)
それでは、さっそく感想を書いていきます。
作品情報
書名:じんかん
著者:今村翔吾
出版:講談社(2020/5/27)
頁数:514ページ
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目次
梟雄松永久秀のイメージを一新!
私が読んだ動機
戦国武将の松永久秀にとても興味があったからです。
こんな人におすすめ
- 戦国時代の歴史小説が好き
- 松永久秀に興味がある
- 歴史は苦手だけど、読みやすい歴史小説を読んでみたい
梟雄松永久秀
松永久秀は、織田信長と同じ時代に活躍した戦国武将です。
――この男、人がなせぬ大悪を一生の内に三つもやってのけた『じんかん』、p.14
三つの悪事、つまり久秀の「三悪」とは下記のことです。
- 主家(三好家)乗っ取り
- 室町幕府第13代将軍足利義輝の暗殺
- 東大寺大仏殿焼き討ち
これだけでもすさまじいインパクトを誇る松永久秀ですが、さらにのちに仕えることになる織田信長に対し、二度も謀反を起こしました(苛烈な信長が一度は許しているというのも衝撃的です)
以上のことから、斎藤道三・宇喜多直家とともに戦国の三大梟雄と評されています。
これらの所業をみるとなんという悪人か!と思ってしまいますが、やはり人物としてはかなり有能だったようです。
久秀の多岐にわたる能力を示すのが下記事跡。
- 三好家では右筆(秘書+書記)として仕える
- 後に軍事指揮官として畿内を中心に活躍
- 築城に長ける
- 茶人としての顔も(文化人)
極端な悪逆さと極端な有能さとが入り混じり、どこかちぐはぐな印象さえ感じさせる武将ですね。
ちなみに私はこういうダーティな歴史上の人物が大好きです!
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「敦盛」由来のタイトル『じんかん』
本作のタイトルになっている『じんかん』。
不思議なフレーズですよね。若干、不気味な響きすら感じますが、一体なんのことなのでしょうか。
実はこのフレーズの意味は、本作を読み始めるとすぐにわかります。
「人間五十年……。下天のうちをくらぶれば……」
上様はふいに口ずさみ始めた。
――これは敦盛……。『じんかん』、p.17
これは織田信長が幸若舞の演目のなかで最も好んだと言われる「敦盛」の一節です。
どういう意味かというと、「天界での時の流れに比べたら、人の世の50年など夢幻のように短く儚いものだ」といった感じです。
時の流れの無常をうたった内容が、一度しかない人生を精一杯生きようとする信長の心を強く捉えたのかもしれません。
人間を「にんげん」ではなく「じんかん」と読むところがポイントですね!
物語中で信長と久秀の間でやり取りされる書状のなかにこのフレーズがあるわけですが、これがどのような意味を持つのかに注目しながら読み進めていってほしいと思います。
松永久秀の幼少期を力を入れて描く
本作『じんかん』は織田信長が小姓狩野又九郎に対して、むかし松永久秀が信長に語った久秀自身の人生を語って聞かせるという構成をとっています。
全部で六章に分かれていて、松永久秀の人生を6つに区切って、基本的にはそれを時系列で追っていく形になります。
ところで松永久秀は前半生が謎に包まれており、実に三十代前半までの経歴が不明です。
本作は、この空白の前半生、特に幼少期の久秀について、思いっきり想像力を働かせて描いているのですね。
つまり、物語前半部を読んだ時点で、一般的に知られているような松永久秀像とは異なる、小説の主人公としての久秀像が自然と読む側に刷り込まれます。
序盤でグッと掴んでくる感じがたまりません。
詳細はここで触れませんが、松永久秀がのちに「三悪」に手を染めることになるルーツとなる事件や、のちの腹心の部下との心の交流などが描かれており、とても読み応えがあります。
本作のなかでも特にオリジナリティあふれる部分で、その後の展開のベースにもなる箇所です。私はとてもおもしろく読みました。
戦国時代の人物ですから、その経歴にははっきりとはわからない部分があります。
その部分を想像で補完して魅力的な物語を形成していることについては、まさに歴史小説の醍醐味といっても過言ではないですね。
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松永久秀の有能さの起源
松永久秀が単なる裏切り野郎ではなく、軍略に秀で、茶の湯の素養も持ち合わせた優秀な人物であるということは上にも書きました。
特に茶の湯の名手であることについては、彼は茶器「平蜘蛛」とともに爆死したなどという説が流布されるくらいです。
茶器と爆死って、インパクトありすぎますよね。
本作では、松永久秀の茶の湯や軍略などの多岐にわたる能力がどのように形成されていったのかということにも納得のいく形で触れられています。
その箇所を読んでいくうちに、いつの間にか松永久秀のイブシ銀な魅力に引き込まれていくことうけあいです。
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歴史上の悪役を再評価
ここ最近の歴史小説の流れとして、これまで悪役や暴君として描かれがちであった人物を再評価して描くような潮流があるように思います。
梟雄と言われ続けた松永久秀を、固定観念にとらわれずに描ききった本作もその流れで説明できる一冊と言えそうですね。
謀反を起こしたという事実は、のちの為政者にとっては都合が悪く、悪役に仕立て上げないと危険だと判断された結果、久秀=悪役とする書物が世に多く出たということも少なからずあるでしょう。
史料の作為をどこまで見極められるかという難しい問題がここにあります。
特に松永久秀については、いわゆる「三悪」といわれる所業が、実は冤罪だったのではないかという研究も近年では出てきているようです。とても興味深いですね。
この関係で読んでみたいのが、天野忠幸氏の『松永久秀と下剋上:室町の身分秩序を覆す』です。
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これまでの定説が新しい研究によって覆され、新しい説によって塗り替えられていくのも歴史のおもしろさですね。
歴史上の悪役・暴君を再評価する本としておもしろかったものを下記に二点あげておきますので、ご興味のある方はぜひ読んでみてください。
『最悪の将軍』/朝井まかて
極端な動物愛護令「生類憐みの令」で民衆を苦しめたと言われ、暗君のイメージが拭いきれない徳川五代将軍綱吉を描く。
従来の評価では説明しきれない綱吉の政治理念が見えてくる一冊。
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『魔将軍』/岡田秀文
くじ引きにより将軍の座についたものの、専制政治を行った結果、最終的には暗殺されてしまう室町六代将軍足利義教を描いた一冊。
彼の合理的な思考方法や赤松満祐との関係はのちの織田信長の政治感覚や、明智光秀との関係を思わせます。
終わりに
織田信長や豊臣秀吉、徳川家康の三英傑について書かれた戦国歴史小説もとてもおもしろいのですが、たまにはこういった歴史のメイン通りから少し外れた歴史ものを読んでみるのもおもしろいですね。(松永久秀は比較的メイン通りに近いですが・・・)
上にも書きましたが、従来悪役と評価されてきた人物を再評価する小説には、謎解きにも近いおもしろさがあります。
今後もそういった小説を発掘して読んでいけたらいいなと思いました。
本作『じんかん』ですが、とてもとっつきやすく読みやすい一冊になっていますので、松永久秀に興味のある方はぜひ読んでみてくださいね。
▼今村翔吾さんの『塞王の楯』もおすすめ!
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
つみれ
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