こんにちは、つみれです。
このたび、朝井リョウさんの『生欲』を読みました。
「性的マイノリティ」をテーマに、「多様性」称揚の風潮を風刺する問題提起色の強い一作です。
本作は、2022年本屋大賞ノミネート作でもあります。
それでは、さっそく感想を書いていきます。
▼2022年本屋大賞ノミネート作をまとめています。
作品情報
書名:正欲
著者:朝井リョウ
出版:新潮社(2021/3/26)
頁数:386ページ
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目次
「多様性」を称賛する風潮に切り込む!
私が読んだ動機
2022年本屋大賞にノミネートされたので読んでみようと思いました。
こんな人におすすめ
- 現代社会が抱える問題に興味がある
- 性的マイノリティをテーマにした小説が読みたい
- 「多様性」を称揚する風潮に違和感を覚える
- 複数人物の視点を切り替えながら展開する物語が好き
あらすじ・作品説明
「社会の正義」を強く意識する検事・寺井啓喜は、不登校の一人息子・泰希がとある動画配信者に触発され、自身も動画投稿を開始したことに悩む。
寝具店に勤める桐生夏月は、とある理由で生きづらさを感じているが、その生きづらさを共有できる一人の人物と再会する。
学祭実行委員の神戸八重子は、外見偏重のイベント「ミスコン」の開催に違和を感じ、新たに「多様性」をテーマに据えた「ダイバーシティフェス」の開催を閃く。
2019年5月1日の改元に向け、彼ら3人の視点を切り替えながら物語は展開する。
テーマは性的マイノリティ
本作『生欲』がテーマに据えているのは、「性的マイノリティ」です。
性的な部分はとりあえず置いておくとして、マジョリティ(多数派)とマイノリティ(少数派)の関係だけを抜き出して考えてみます。
一昔前まではマジョリティ側がマイノリティ側を差別・迫害するという文脈で語られることが多かったように思います。
それがここ最近になって、マジョリティ側はマイノリティ側を認め、理解することが正しいという「多様性(ダイバーシティ)称揚」の風潮が強くなってきました。
本作はそういった潮流へのモヤモヤした違和感の正体を饒舌に突き付けてくる一作となっています。
マジョリティ側が振りかざす「正しさ」を盲信することに対する、朝井リョウさんの強烈な問題意識を感じる作品でした。
『正欲』というタイトルに込められた意味にも注目しながら読むと良いかもしれませんね。
マジョリティ側のエゴ
上に書いた「マジョリティ側がマイノリティ側を理解」しなければならない風潮について、これは本当に双方にメリットがある考え方なのかという一つの問いかけがあります。
もちろん、マイノリティ側としてマジョリティ側の理解を求める人もいると思いますが、本作が問題としているのはそれを「求めない」人の存在。
マジョリティ側の価値観をマイノリティ側に押し付けることは、結局、マジョリティ側のエゴにすぎないですよね。
両者の考え方のすれ違いを、本作は非常に的確にわかりやすく描いています。
「普通とは何か」というテーマを扱っている作品は数多くありますが、本作は「普通」というのはマイノリティを切り捨てる考え方であることをとりわけ強く認識させてくれる作品でした。
読了時の困惑
本作を読み終わったとき、私はとある困惑を覚えました。
ネタバレ要素を含むので、いちおう隠しておきます。
新元号「令和」に向かう物語
本作は、物語の中盤までは各編の最初に「2019年5月1日まで、あと何日」と示されています。
一方、中盤以降は「2019年5月1日から何日」と書かれています。
このことからもわかるように、改元による「令和の始まり」が物語のターニングポイントとして設定されています。
このターニングポイントを境に物語がどのように変転していくのかが本作の醍醐味でもあります。
「平成」で何が描かれ、「令和」で何が描かれているのかに注目するとおもしろい読書になると思います。
章末の要素が次章にバトンタッチ
上にも書きましたが、『正欲』は複数の人物の視点を切り替えながら物語が進行します。
この語り手切り替えの際に、前の語り手の終わりの一文に含まれる要素が後の語り手の最初の一文に渡されるという、しりとり的な仕掛けが用意されています。
文章で書くとよくわからないと思いますので、下記で例示しましょう。
(寺井啓喜の終わりの一文)啓喜は、どんどん近づく“正義”の場に向けて、意識を引き締め直した。
(桐生夏月の始めの一文)意識を引き締め直したとて、体感温度は何も変わらない。『生欲』p.25
上の例では「意識を引き締め直す」がバトンとなって前の語り手・寺井啓喜から後の語り手・桐生夏月に渡されています。
本作では、語り手が切り替わるたびにこの「言葉のバトンタッチ」が行われるのです。
こういう趣向はおもしろいですね。
この仕掛けに気づくと、「次は何の要素で繋がるんだろう」と語り手の切り替え自体が楽しみになってくるんですよ。
物語のテンポの良さにも寄与していて、おもしろい試みだと思いました。
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終わりに
『生欲』は、「性的マイノリティ」をテーマに、「多様性」称揚の風潮を風刺する問題提起色の強い一作です。
非常にデリケートなテーマを扱っていながら、ここまで自然に人の心に訴えかける物語を描けるのか、と身震いする想いで読みました。
冒頭からラストまで首尾一貫して「一つの主張」を曲げずに描き切っており、朝井リョウさんの「主張」がガンガンと響いてきます。
好みの分かれる作品だとは思いますが、「多様性」を無批判に褒めたたえる昨今の風潮に違和感を覚えている人におすすめの一作です。
本記事を読んで、朝井リョウさんの『生欲』がおもしろそうだと思いましたら、ぜひ手に取って読んでみてくださいね!
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
つみれ
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