三国志 演義から正史、そして史実へ

歴史

  (最終更新日:2022.04.29)

【感想】『三国志 演義から正史、そして史実へ』/渡邉義浩:演義と正史から史実を導き出す!

こんにちは、つみれです。

このたび、渡邉義浩(ワタナベヨシヒロ)さんの『三国志 演義から正史、そして史実へ』を再読しました。

 

小説『三国志演義』の内容から正史『三国志』の記述を再点検し、史実を導き出すことを試みた一冊です。

 

それでは、さっそく感想を書いていきます。

作品情報
書名:三国志 演義から正史、そして史実へ(中公新書)

著者:渡義浩
出版:中央公論新社
頁数:229ページ

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演義と正史から史実を導き出す!

演義と正史から史実を導き出す

私が読んだ動機

以前に一回読んだのですが、内容をほどよく忘れていたので再読しました。

こんな人におすすめ

チェックポイント
  • 『三国志演義』のストーリーが一通り頭に入っている
  • 正史『三国志』に詳しくなりたい
  • 『三国志演義』と正史『三国志』を比較検討する考察に触れたい

作品説明

正史『三国志』は、中国三国時代を扱った歴史書のこと。

 

一方、『三国志演義』は、三国時代を舞台とした小説のこと。

 

その成立は当然、正史『三国志』、『三国志演義』の順番になるわけだが、本書はあえて『三国志演義』の内容から『正史』の記述を検討する流れを採用する。

 

そうすることによって「史実」としての三国時代の実像が見えてくる。

正史と演義

本の上に載っている林檎

 

「三国志」には大きく分けて二種類あり、一つが「正史」、もう一つが「演義」です。

 

正史

正史とは簡単に言うと国家主導で編纂された歴史書のこと。

正史『三国志』は陳寿(チンジュ)という歴史家によって書かれました(ただし正史に認定されるのは唐代)。

非常に勘違いしやすいのですが、正史とは「正しい歴史」のことではありません。

編纂した国家にとって「正統な歴史」という程度の意味です。(都合の悪い記述は書かれていなかったりする)

 

「正史=史実(歴史的事実)」ではないという視点はとても大事です。

 

演義

演義とは簡単に言うと小説のことです。

もう少し細かく言うと「通俗歴史小説」というジャンルで、歴史上の事実に虚構や脚色を施し娯楽性を高めているのが特徴。

中国のエンタメ歴史小説と言えばわかりやすいかもしれませんね。

『三国志演義』は元末・明初の小説家・羅貫中(ラカンチュウ)によって描かれました。

『三国志演義』は史実と虚構の比率が7:3と言われていて、史実の割合が非常に高いことで知られています。

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「三絶」

3つの炎

『三国志演義』にはいくつかの版本がありますが、そのなかでも「毛宗崗(モウソウコウ)本」はその決定版ともいえる内容です。

その「毛宗崗本」では三人の人物「三絶」を中心に物語が紡がれています。

それが下記の三人です。

  • 「奸絶(奸の極み)」曹操(ソウソウ)
  • 「義絶(義の極み)」関羽(カンウ)
  • 「智絶(智の極み)」諸葛亮(ショカツリョウ)

各分野で優れた才能を示す「悪役」曹操。

武将として傑出した能力を持つ「義人」関羽。

宰相として抜きん出た「知謀」を発揮する諸葛亮。

本書では、そんな『三国志演義』毛宗崗本での三人の描写から正史『三国志』の内容を点検しなおし、「史実」を読み取っていきます。

 

曹操と諸葛亮はともかく、関羽が入っているのが極めて特徴的です。

 

悪役・曹操の作られ方

陳寿の正史『三国志』は曹魏を正統とするため、曹魏の基盤を築いた曹操の悪事を積極的に記しません。

それに対し、『三国志演義』は、漢の復興を目指す劉備(リュウビ)・関羽・張飛(チョウヒ)・諸葛亮を中心に描き出し、その敵役として「悪玉」曹操を配置します。

劉備たちを善玉として描くための魅力的な悪玉に仕立て上げられたのが『三国志演義』の曹操なのです。

本書は、このあたりの悪玉・曹操の「作られ方」の考察がめちゃくちゃおもしろいです。

建安文学の捉え方

文字を書く筆

曹操はいろいろな方面で能力を発揮する極めて多才な人物です。

彼は文学方面でもその才能を存分に発揮しました。

それまでの儒教的な価値観に囚われない新たな文調が、曹操の文学サロンを中心に発展していったのです。

それが「建安文学(ケンアンブンガク)」です。

曹操の子、曹丕(ソウヒ)曹植(ソウショク)はともに優れた文学者としても知られていますが、彼らは建安文学の代表的な人物。

 

本書ではこの文学という新しい切り口で、曹操が儒教に対抗しようとしたことが語られています。

これが最高におもしろかったですね。

 

名士論

中国の大河

本書著者の渡邉義浩さんは「名士論」という独自の切り口によって三国時代を分析した人物です。

単に名士というと、「特定の業界やある地域で名前が知れ渡っている人物」といった程度の意味ですが、渡邉義浩さんがこの用語を使う場合、さらに限定的な意味を持ちます。

「豪族出身(一部例外あり)でやがて貴族になっていく三国時代の知識人層」のことを便宜的に「名士」と定義しているのです。

曹操陣営で代表的な名士は荀彧(ジュンイク)です。

荀彧と曹操のすれ違い

落ちかけ

荀彧は、若い頃から「王佐(オウサ)の才(王を(たす)ける才能)」とその能力を絶賛されましたが、その評価の通り、曹操の覇業を補佐しました。

流浪の皇帝・献帝(ケンテイ)を保護するよう献策したり、官渡(カント)の戦いに苦しむ曹操を手紙で励ましたりと、時宜にかなった的確なアドバイスによって曹操を戦略・政略面で助けたのが荀彧なのです。

しかし、晩年の荀彧は曹操に疎まれ、非業の死を遂げてしまいます。

漢は劉氏の王朝なので、たとえば曹操が地方の長官として一定のエリアを実効支配していたとしても、建前としてはあくまで漢王朝の高官として任地に赴いているということなのです。

しかし、曹操はやがて魏公・魏王という爵位を得ていきます。

これは、曹操自身が領地を得るということであり、儒教的にみると漢王朝に対する冒涜に当たります。

これに荀彧が儒者として反対したのです。

 

曹操と荀彧のすれ違いは、だいたい以上のように説明されることが多いですが、渡邉さんはこれを名士論の観点から分析します。

 

あくまで儒教国家の形を目指す荀彧ら名士たちと、強大な君主権力の確立を目指す曹操の対立という構図です。

非常におもしろい分析なので、興味のある人はぜひ本書を読んでみてください。

関羽の特殊性

三日月

『三国志演義』の主人公は、前半部は漢王朝の再興を目指す劉備、後半部は劉備の遺志を継いだ諸葛亮です。

関羽は、『三国志演義』では「桃園の誓い(桃園結義)」で劉備・張飛と義兄弟の契りを結び、漢室の再興を目指していきます。

位置づけ的には関羽は、劉備・諸葛亮らと比べると準主役くらいのものですよね。

しかし、『三国志演義』では数多の武将のなかでもとりわけ関羽の活躍を鮮やかに描き、ときに主役級の役割すら与えています。

印象的なシーンは「関羽千里行(センリコウ)(五関突破)」です。

関羽の千里行

馬のシルエット

曹操は北方の雄・袁紹(エンショウ)と決着をつける直前、後方の目障りな敵・劉備を蹴散らすことにしました。

劉備はピンチになるとサッと逐電するのが得意技で、このときも鮮やかに行方をくらまします。

しかし、劉備の夫人を守っていた関羽は曹操に包囲されてしまうのです。

関羽は三つの条件を曹操に提示したうえで降伏します。

  1. 曹操に降伏するのではなく、あくまで漢朝に降伏すること。(曹操は時の皇帝・献帝を保護していた)
  2. 劉備の妻子の安全を保障すること。
  3. 劉備の消息が分かり次第、劉備の元に帰ること。

どうしても関羽を引き留めたい曹操は3つめの条件に難色を示しつつも、それを認めます。

やがて、劉備が生きていることが判明すると、関羽は約束通り曹操の元を辞し、劉備の妻子とともに劉備の元に向かいます。

このとき、曹操側に連絡の不行き届きがあり、なんと関羽は五度も関所で行く手を遮られてしまうのです。

関羽はやむを得ず五関を破り、六将を斬って劉備との再会を果たします。

これが関羽千里行(五関突破)です。

 

一連の関所破りのシーンで、関羽は劉備や曹操などの主役級のキャラを差し置いて、自らが主役に躍り出るのです。

 

このエピソードに代表されるような他の武将には見られない関羽の特殊性、果ては神として崇められる(関聖帝君(カンセイテイクン))ようになっていく神性はどこから生まれたのか?

本書では関羽に関する興味深い考察に触れることができます。

諸葛亮の描き方

崖に立つ松

三国志のなかでも一番有名と言ってもいいかもしれない人物が諸葛亮です。

(イミナ)の亮よりも(アザナ)孔明(コウメイ)をとって諸葛孔明という呼び方で広く親しまれていますね。

劉備から「三顧の礼」で招かれ天下三分の計を説いた人物で、劉備と諸葛亮の良好な関係は「水魚の交わり」という故事成語にまでなっています。

ところが渡邉義浩さんは「名士論」に基づき、この二人の良好な関係に疑義を呈しています。

もうこの時点ですでにおもしろいですね。

荊州名士vs益州名士

渡邉義浩さんは、劉備と諸葛亮の緊張関係を荊州(ケイシュウ)名士と益州(エキシュウ)名士の対立が裏付けていると言います。

諸葛亮たち名士の抱負は、自分たちが政権の中心となり、新たなる理想の国家を建設することにあった。

『三国志 演義から正史、そして史実へ』p.179

荊州は劉備が初めて本格的に領有した地であり、その領有・統治における荊州名士たちの尽力は小さくなかったと考えられます。

こういう事情で次第に影響力が大きくなってくる荊州名士たちを牽制するために、第二に領有した益州の名士たちを対抗馬に据えたというわけです。

確かにこの視点から見ると、諸葛亮と法正(ホウセイ)(益州名士)の仲の悪さなども説明できますね。

また、街亭(ガイテイ)の戦いに経験の浅い馬謖(バショク)(荊州名士・泣いて斬られた人)を抜擢した理由などもうっすらと見えてきます。

おもしろい視点ですね。

徐庶(ジョショ)龐統(ホウトウ)馬良(バリョウ)(馬謖の兄で「白眉」の故事で知られる)など、荊州出身の同僚が次第にいなくなっていく諸葛亮の苦悩が伝わってくるようです。

魔術的諸葛亮の形成

『三国志演義』では諸葛亮は「魔術師か」とツッコみたくなるほどの異能を発揮します。

渡邉義浩さんは本書のなかでこうした魔術的な諸葛亮像がどのようにして形成されていったのかについても触れられており、大変に興味深い一冊となっています。

 

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終わりに

『三国志演義』、あるいはその派生作品だけを読んでいるとなかなか見えてこない三国時代の実像。

 

それを正史『三国志』だけでなく、『演義』の内容もまじえながら考察していくのが最高におもしろい一冊でした。

 

本記事を読んで、渡邉義浩さんの『三国志 演義から正史、そして史実へ』を読んでみたいと思いましたら、ぜひ手に取ってみてくださいね!

最後までお読みくださり、ありがとうございます。

つみれ

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