こんにちは、つみれです。
去年、初めて米澤穂信の作品を読みました。
短編集『満願』という作品だったのですが、各編とも実にブラックなオチが用意されていてぞくりとさせられたものです。
その後、とある読書会で『満願』の紹介をしたところ、米澤穂信ファンの方から他にもおもしろい短編集があると教えてもらいました。
それが今回感想を書いていく『儚い羊たちの祝宴』(新潮文庫)です。
『満願』同様、とても良質でブラックな短編集となっています。
ネタバレ感想は折りたたんでありますので、未読の場合は開かないようご注意ください。
作品情報
書名:儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)
著者:米澤穂信
出版:新潮社 (2011/6/26)
頁数:329ページ
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目次
ラストの衝撃にこだわったブラック短編集
私が読んだ動機
冒頭に書いた通りで、読書会で米澤ファンの方からお薦めされました。
こんな人におすすめ
- 上流階級の高貴な世界が好き
- ブラックでやるせない物語が好き
- 最後の一行の衝撃を味わいたい
米澤流暗黒ミステリ
新潮文庫版『儚い羊たちの祝宴』には5つの短編が収録されています。
読み始めるとすぐにわかるのですが、どの短編も上流階級、またはそれに類する環境で起こる事件を描いています。
各編、決して明るいお話ではありません。
上流階級という狭い世界で長い時間をかけて醸成された歪み、狂気、異常性。
そして、舞台の華やかな印象からはかけ離れたようなラスト一行の暗く冷たい衝撃。
浮世離れしていてどこか私たちの常識が通用しない感覚、別の世界を垣間見ているような計り知れなさ、理解のしがたさが私たちを戦慄させます。
そんな趣向の短編集。
暗くやるせないながらもどこか陶酔感のようなものが感じられ、読後感は妖しく甘美ですらある。
そんな短編集が読みたいあなたにおすすめの「米澤流暗黒ミステリ」。
それでは各編について少しずつ書いてみましょう。
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珠玉の5編
身内に不幸がありまして
上紅丹(カミクタン)地方の名家丹山家で起こる連続怪死事件を描いた短編。
丹山家の令嬢吹子お付きの使用人村里夕日の手記を読み進める形で進んでいきます。
吹子と夕日の主従を超えた微笑ましい関係を描出しながら、一方で素行の悪さから丹山家を勘当された吹子の兄宗太の粗暴なエピソードを差し挟むことで、上流階級の複雑怪奇さを上手に描きとっています。
一筋縄ではいかない貴種の感覚を読者に植え付けるラストがなんとも衝撃的。
本短編集のトップバッターとして最適な、まさにご挨拶代わりの一編といっていいでしょう。
北の館の罪人
千人原(センニンバラ)地方の名家六綱家に仕えることになった内名あまり。
あまりは、兄を差し置いて六綱家当主の座についた光次より、離れの「北の館」に軟禁されている彼の兄早太郎の世話を仰せつかります。
やがて外出が認められるようになったあまりは、同時に早太郎から妙な「買い物」を頼まれるようになります。
「買い物」の意図がわかったときの切なさと、その後に起きる事件とのギャップが読者を慄かせます。
後半の、真相に近づくほど不穏になっていく雰囲気がすばらしいです。
視覚的な美しさが映える作品で、個人的にはかなり好き。
山荘秘聞
絶美の自然に囲まれた八垣内(ヤガキウチ)に佇む別荘「飛鶏館」。
屋島守子はこの別荘の管理を任されていましたが、雇用主側の事情で来客は一切現れませんでした。
前2作と異なり、序盤から違和感全開のストーリーが読者に不気味な不安を抱かせます。
読む側が一番知りたいところを巧みに避けながら展開する「じらし」の技術がすばらしい。
本書のなかで、オチを読んでもすぐに内容が理解できなかった唯一の作品でした。
巻頭から順番に読み進めてきた読者ほどミスリードされやすくなるという罠が仕掛けられており、読んでいるほうは「なるほど、そう来るか」となること請け合いです。
この物語を3番目にもってくるあたりが本当にニクいですね。
玉野五十鈴の誉れ
駿河湾に面する高大寺(コウダイジ)という地で繁栄した一族小栗家。
その令嬢である小栗純香は十五の誕生日の日に、小栗家で独裁者のように振舞う祖母からとある「贈り物」を受けることになりました。
「あなたも、そろそろ人を使うことを覚えた方がいいでしょう」
贈り物は使用人「玉野五十鈴」。
家に、そして祖母に縛り付けられるような生活をしていた純香は、五十鈴との交流のなかで、次第に「狡猾」を学び、独立心を育てていきます。
ここまでは純香という女性の成長記として安心して読めるのですが、ここから事態は急変、地獄のような毎日が待ち受けていました。
伏線のさりげない配置が実に見事です。
本来は無邪気な響きさえもっている「最後の一行」が恐怖のフレーズにすり替わる一瞬はまさに鳥肌もの。
ラスト一行の衝撃にこだわった本短編集のなかでも白眉の一作といえるでしょう。5編のなかでは一番おもしろかったです。
儚い羊たちの晩餐
実はこれまでの4編は「バベルの会」という読書サークルの存在によってかすかに繋がりを見せていたのですが、いよいよそのあたりの事情に踏み込んでくれる一編となっています。
この短編集のタイトルに「羊」というワードが入っている理由もわかってくるのですが、なかなかにグロい作品に仕上がっています。
これまでの4編でも暗さや不気味さをほんのりと感じるのですが、これはもうなんというか直球です。
正直、短編としての出来は「玉野五十鈴の誉れ」に及ばないように思われるのですが、この一作は最後に存在することにこそ意義があります。
本短編集の終わりを引き締めてくれる一編といっていいでしょう。
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【ちょっとだけネタバレ感想】すでに読了した方へ
危険!ネタバレあり!本作に登場する「名言」を紹介しながら、各作品について語ってみるよー。
終わりに
理解しがたいものに対して恐怖を覚えるのが人間です。
一般庶民が貴種である上流階級に対して抱く理解の及ばなさのイメージを、とことん暗く、とことん残酷に描いたらこうなりましたという印象の短編集になっています。
全編、「動機」が異常なのも、上流階級という狭い環境がもたらしたいびつさと考えると、妙に納得させられます。
また、全体を通して言葉遣いが美しく上品であることが、一層不気味さを引き立たせています。
「米澤流暗黒ミステリー」、大変美味でございました。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
つみれ
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