こんにちは、つみれです。
このたび、殊能将之さんのミステリー『黒い仏』を読みました。
福岡県のアパートの一室で起きた殺人事件の謎を、とある寺院の陰謀と絡めて描くミステリー小説です。
また、「探偵石動戯作シリーズ」の第2作目にあたる作品です。
▼前作の記事
それでは、さっそく感想を書いていきます。
作品情報
書名:黒い仏(講談社文庫)
著者:殊能将之
出版:講談社(2004/1/16)
頁数:317ページ
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目次
途中までは普通のミステリーだけど・・・?
私が読んだ動機
前作『美濃牛』を再読したらおもしろかったので続編も読むことにしました。
こんな人におすすめ
- 一風変わった挑戦的なミステリーを読みたい
- クトゥルフ神話が好き
- 前作『美濃牛』がおもしろかった
あらすじ・作品説明
9世紀の天台僧が唐から日本に持ち帰ったといわれる秘宝の謎。
福岡県の古びたアパートの一室で見つかった身元不明の死体と黒い数珠の謎。
一見無関係に思われる二つの謎には意外な接点があった。
とあるベンチャー企業の社長から依頼を受けた探偵・石動戯作は、これらの謎の調査のため福岡に赴く。
『美濃牛』の続編
本作『黒い仏』は、殊能将之さんのミステリーシリーズ「石動戯作シリーズ」の第2作目にあたる作品です。
ですが、前作『美濃牛』の内容を前提とした展開にはなっていないので、1作目を飛ばして本作から入っても問題ありません。
しかし、登場人物同士の関係や細かい設定周りは前作を読んでおいたほうが理解できて楽しいのは事実。
時間に余裕がある場合や物語をすみずみまで楽しみたい場合は、まずは先に前作『美濃牛』を読むことをおすすめします。
異色の序章
前作『美濃牛』はプロローグが思わせぶりで、いかにもミステリーの冒頭部といった感じでした。
ですが、本作の「序章」はミステリーとしてはかなり異色。
平安時代前期の天台宗の老僧円載が船上で海を見ながら人生を振り返るシーンが描かれています。
現代日本を舞台にしたミステリー作品のはずなのに、平安時代の人物が静かに語るシーンが描かれる意外性にかなりびっくりしました。
この平安時代の僧侶の話が、これから語られる事件や謎解きなどのミステリー要素とどのように関わってくるのか、期待が高まる序章です。
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好き嫌いがはっきり分かれる作品
本作『黒い仏』はミステリーとして究極の変化球的作品です。
正直、かなり好き嫌いが分かれるでしょう。
途中までは本当に普通のミステリーなんですよ。
ところが途中から様子がガラリと変わります。
「起承転結」という言葉がありますが、本作の「転」の衝撃は実にすさまじいです。
前作『美濃牛』の終盤でもわずかにひっかかりを覚える描写がありましたが、本作『黒い仏』では本シリーズの持つ「違和感」の正体を確信できました。
壁本候補作!?
「壁本」とは、「読後、壁に叩きつけたくなる本」の略で、斜め上の方法で意表をついてきた作品などに与えられる輝かしい勲章です。
本作がその対象と言われてしまう理由は、物語の途中からいきなりSFファンタジー的な要素が混じってくるからです。
SFはまだいいとして、正直なところ、ミステリーとファンタジーはあまり相性が良くないです。
ロジカルで合理的な解決が求められるミステリー要素と、空想的で超常的な現象を扱うファンタジー要素はまさに水と油のようなものです。
この二つの相反するジャンルをうまく融合させるには相当の練り込みが必要です。
ですが、本作はミステリーとしての解決をあえて捨てるという選択をしているのです。
これが本作の評価を難しいものにしている最大の理由です。
でもおもしろい
SFファンタジー的な要素を混ぜることで、ミステリーとしての合理性を放棄した本作。
ミステリー小説としては相当異色ですが、それでも私はこの作品をおもしろいと思いました。
なぜかというと、本作は一応ミステリーとして成り立つトリックが用意されていて、それを探偵役の石動戯作がしっかりと解いていくシーンが描かれているからです。
本作は、SFファンタジー的な要素をわざわざ持ってこなくてもミステリーとしてきっちり成立するんです。
つまり、ミステリーとして破綻したからSFファンタジーに逃げたのではありません。
これは本作を楽しむうえできわめて重要なポイントです。
あくまでミステリーとして一度完成させておきながら、それをあえて崩したのが本作なんです。
ここに私は作者殊能将之さんのひねくれ度合いを見た気がしました。
ミステリーとしての解決を放棄するということは、「探偵役が謎を解き明かして終わる“きれいなミステリー”が全てではない」という挑戦と解釈できます。
本作に賛否両論あるのは確かですが、さらに続きを読んでみたいという誘惑にかられるシリーズでもあります。
何よりも驚愕したのは、ミステリーとしてかなりの完成度を誇ったシリーズ第1作目『美濃牛』の続編として本作を発表したことですね。
1作目で確立したスタイルをさっそく2作目で崩し、全く別ベクトルの展開に持っていくすさまじいぶっ壊し方はもはや英断としか言いようがありません。
探偵石動のほのぼの感
本シリーズの主役、探偵「石動戯作」はかなり個性的な性格をしています。
石動は、前作でも陰鬱で凄惨な事件が進行している村落で緊張感のない言動を繰り返し、読者を和ませていたキャラです。
どこか人を食ったようなこの石動のキャラクターは本作でも健在で、事件の容疑者や捜査中の警察官は彼に翻弄されてしまいます。
しかし、上で紹介したように本作はミステリー要素をSFファンタジー要素によって破壊している側面があります。
したがって、探偵石動の立ち位置もややピエロ的なものとなっており、ここにも本格ミステリーに対する挑戦の意味合いを読み取ることができます。
クトゥルフ神話由来の要素
読後に本作について調べていて知ったのですが、本作は「クトゥルフ神話」由来のネタがふんだんに盛り込まれています。
クトゥルフ神話は、アメリカの作家ラヴクラフトが創作した架空の神話です。
『黒い仏』の各章冒頭部には、何かの経典から持ってきたような怪しげな漢文と書き下し文が掲載されています。
これが、歴史上のできごとである序章とメインストーリーに当たる第一章以降の現代の話を宗教要素で繋げる働きを担っています。
しかし、実はこの漢文は作者の創作で、内容をよく読むとクトゥルフ神話に登場する架空の書物「ネクロノミコン」の記述をもじったものだというのです。
また、本作の舞台や登場人物の名前などもクトゥルフ神話のオマージュになっているものが複数存在するとのこと。
私はクトゥルフ神話のことをほとんど知らないので、本作を読んでいる最中にはこれらの要素に気づけませんでした。くやしいですね。
これらのオマージュ要素を知ると、作者殊能将之さんのクトゥルフ神話に対する造詣の深さやこだわりが感じられます。
前作『美濃牛』もそうでしたが、物語とは関係のないところで神話的な雑学をこれでもかと盛り込んでくる作風は本作でも健在です。
クトゥルフ神話に詳しい方は本作をより一層楽しむことができますね。
もちろん私のようにクトゥルフ神話をまったく知らなくても物語を楽しむうえでは問題ありませんので安心してください。
絶版
2021年5月現在、『黒い仏』は残念ながら絶版となっており、紙の本は手に入りにくいかもしれません。
しかし電子書籍化されていますので、「どうしても紙の本が見つからない!」という場合には電子書籍を利用するのも一つの方法です。
ちなみに私は電子書籍で本を読むのが大好きなのでkindle版で読みました。
※電子書籍ストアebookjapanへ移動します
終わりに
賛否両論ありそうなかなりクセが強めな一冊ですが、私はかなり楽しむことができました。
ミステリーとして異色であるにもかかわらず楽しめたのは、上にも書いた通り「いったんミステリーとして完成したものをあえて崩した」ことによります。
正直なところ、かなり邪道なので万人におすすめできるミステリーではありませんが、ぜひとも多くの人にこのクセモノっぷりを味わってもらいたいですね。
本記事を読んで、殊能将之さんのミステリー小説『黒い仏』を読んでみたいと思いましたら、ぜひ手に取ってみてください!
本シリーズを第1作目から読んでみたい場合には、『美濃牛』の感想記事も書いていますのでぜひご覧ください。
>>【感想】『美濃牛』/殊能将之:山奥の村落が舞台のミステリー!
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
つみれ
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