美濃牛

ミステリー、サスペンス

  (最終更新日:2022.04.29)

【感想】『美濃牛』/殊能将之:山奥の村落が舞台のミステリー!

こんにちは、つみれです。

このたび、殊能将之(シュノウマサユキ)さんの長編ミステリー『美濃牛(ミノギュウ)』を再読しました。

 

岐阜県山奥の集落で連続して起こる惨劇を、病を治す「奇跡の泉」やゼネコンによるリゾート開発などと絡めて描く大ボリュームのミステリーです。

 

また、「探偵石動戯作(イスルギギサク)シリーズ」の第1作目にあたる作品です。

それでは、さっそく感想を書いていきます。

作品情報
書名:美濃牛(講談社文庫)

著者:殊能将之
出版:講談社(2003/4/1)
頁数:770ページ

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750ページ超!山奥の村落が舞台の長編ミステリー!

山奥の村落が舞台のミステリー

私が読んだ動機

私が所属している文学サロン「朋来堂」の「ミステリ部」2021年4月の課題図書だったので読みました。

ちなみに、2年前に愛知・岐阜旅行に行ったときの旅のお供として読んだのが初読です。シャレてるでしょ。

こんな人におすすめ

チェックポイント
  • 長編ミステリーが読みたい(700ページ超)
  • 田舎の集落を舞台にしたミステリーが好き
  • ミステリーシリーズの第1作目を読みたい
  • 雑学・ウンチクが大好き

あらすじ・作品説明

フリーライターの天瀬啓介(アマセケイスケ)は、石動戯作と名乗る男の持ち込み企画で、病を治す「奇跡の泉」があるという岐阜県の集落「暮枝(クレエダ)」を訪れる。

 

しかし、泉がある鍾乳洞を所有する地主の協力を取り付けることができず取材は難航する。

 

天瀬が取材を切り上げて東京に帰る日の朝、鍾乳洞の脇に立つ大樹の枝に首を切断された死体がぶら下がっているのが発見される。

750ページ超の長編

見開きの本

本作『美濃牛』はなんと750ページ超の長編ミステリー!

なかなかのボリュームですよね。

でも必要以上に身構えなくて大丈夫です。

探偵役の石動の憎めないキャラクターや、話題があちこちに脱線して飽きさせない展開のおかげでグイグイ読み進めることができますよ。

物語の仕込みが丁寧に描かれる

山奥の集落

本作はとにかく導入部が長く、最初の事件が起きるまでに150~200ページほどのページ数が割かれています。

ではその間になにが描かれているかというと、暮枝村内部の対立や、地主の資産相続の話など、きな臭い話題がてんこ盛り。

物語の序盤で「事件の仕込み」が丁寧に描かれているんですね。

だから、少しずつゆっくりと物語世界に没入していきたい人には向いている一方で、緩急のついた物語展開が好きだという人には向かないかもしれません。

そして、事件の仕込みの中心にあるのが病を癒す効能があるといわれる「奇跡の泉」。

本作の舞台となる「暮枝村」には鍾乳洞があり、その内部に「奇跡の泉」が存在すると言われているのです。

泉の効能目当ての来訪者たち

洞窟の泉

「奇跡の泉」の力で末期の癌が治癒した一人の女性が話題になり、泉のパワーを目当てに暮枝を訪れる人が増えていることが説明されます。

医師にも見放された重病人や、他にもいわくありげな人物がこの「奇跡の泉」を目当てに暮枝村に滞在していますが、よそ者である彼らは村の住人からはあまり快く思われていない様子。

彼らが何らかのトラブルに関わっていたとしても不思議ではありません。

暮枝ヒーリング・リゾート

山の風景

この「奇跡の泉」の効能に目を付ける人は他にもいます。

大手ゼネコンのアセンズ建設はこの泉の存在に着目し、「暮枝ヒーリング・リゾート」という一大複合リゾート施設を建設を企画。

こういった話にはありがちですが、暮枝村内部でもリゾート化の「賛成派」と「反対派」に分かれ、意見を対立させている状況です。

 

金銭欲や名誉欲など登場人物それぞれの思惑・欲望が絡み合っていて、「ああー、これは殺人事件の一つや二つ起こるわ」という感じですね。

 

羅堂家の対立構造

牛舎の牛

暮枝を取り巻く不穏な話題は上記にとどまりません。

さらにとある父子の対立があります。

暮枝の地主一族である羅堂(ラドウ)家の一人、羅堂真一(シンイチ)は畜産業を営んでおり、暮枝村で牛の飼育に情熱を傾けています。

一方、真一の子の哲史(サトシ)は父の畜産業を手伝わされていますが、もともと都会で暮らしたいという願望が強く、今の暮らしに不満を持っている状況。

また、哲史には窓音(マドネ)という妹がおり、父と兄の対立には積極的に関与せず超然とした態度をとっています。

窓音は人を惹きつける美貌の持ち主ですが、何を考えているのか容易につかめない非常に捉えどころのない性格をしていて不気味な存在です。

この父子以外にも、羅堂一族は火種を抱えています。

真一には二人の弟がおり、それぞれ次弟の善次(ゼンジ)は不動産会社の社長、末弟の美雄(ヨシオ)はとある医院の院長です。

二人の弟は暮枝に興味がなかったにもかかわらず、リゾート化計画の話が持ち上がってくるとにわかに真一に接触を図ってきます。

カネの気配がプンプン香るリゾート化計画の話に加え、資産相続の話まで絡んできていよいよ雲行きが怪しくなっていくのです。

 

つまり羅堂家は、畜産業の継続に関する対立と暮枝のリゾート化に関する対立の両方に関係してくるいわくつきの家というわけ。

 

本作のプロローグにはこんな箇所があります。

そこに鋤屋和人(スキヤカズト)がいた。

羅堂家の一族を根絶やしにしようとした男。<span class="su-quote-cite">『美濃牛』kindle版、位置No.119</span>

以上に見てきたように、羅堂家は怪しい気配がプンプンする一族なんですよ。いかにも怪しいですよね。

これらの怪しすぎる複数の要素が物語序盤を盛り上げ、これから起こるであろう事件への期待値を高めてくれます。

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個性的な探偵役石動戯作

楽譜と時計

上に書いてきたように、本作はけっこうギスギスした要素が多いです。

にもかかわらず、本作の雰囲気はどこかほのぼのとしていて、凄惨な事件の捜査中とは思えないような空気が流れています。

その理由の一つに、本作のメインキャラの一人、石動戯作の存在があるのです。

アセンズ建設にちょっとしたつてのある石動は、暮枝村のリゾート化企画推進のために暮枝をたびたび訪れています。

石動は、殺人事件捜査の真っ最中である暮枝村で村人と談笑していたり、聞き込み中の警察官ににこやかに話しかけたりしています。

この石動の緊張感のないキャラクターのお陰で、陰鬱な事件が進行しているはずの物語がなぜかほのぼのとしていて、独特の雰囲気を演出しています。

石動戯作のどこか人を食ったような憎めないキャラクターを味わってみたいときは、ぜひ本作『美濃牛』を読んでみてください。

脱線の多さ

本作が陰鬱な事件を扱っているにもかかわらず、ほのぼのした雰囲気が漂っているもう一つの理由が、脱線の多さです。

事件を追っていくうちになぜか話が他に逸れていき、いつの間にか雑学講義が始まったりするんですよ。

その脱線要素がかなりガチめ!

牛肉

牛舎

本作、かなり本格的な牛肉の話がいきなりぶっこまれます。

タイトルにもなっている「美濃牛」と「飛騨牛」の違いの話や、牛肉の肉質の話が詳細に語られるのです。

 

正直、ミステリーを読んでいてここまで牛肉のウンチクに詳しくなれるとは思っていませんでしたね(笑)

 

また、牛関係の話としては、本作表紙のタイトル『美濃牛』の脇に「MINOTAUR」と記してあるように、ギリシャ神話に登場する牛頭人身の怪物「ミノタウロス」との関連も興味深いところです。

俳句

紅葉

本作のおもしろいところは、登場人物の多くが「俳句」を趣味にしていることです。

俳句趣味を持っているキャラたちはみんな「俳号」を持っていて、暮枝村で開かれている「げんげだ句会」では互いをその名前で呼び合っているほど。

そして、近隣で凄惨な事件が起きているにもかかわらず、物語の途中で彼らは主人公の天瀬を巻き込んでガチの句会を開催します。

読み進めているときは、「一体何を読まされているんだ・・・」と思いました(笑)

ですが、各俳句がそれぞれのキャラの個性を強めていたり、句会のシーン自体があとあと重要になってきたりと、しっかりとミステリーの一部を構成した要素になっているのがすごいです。

音楽

楽譜

私が一番ついていけなかったのが、石動戯作の趣味の音楽の話。

石動はミュージカル作家のコール・ポーターを信奉していて、ことあるごとに音楽談義を吹っ掛けます。

この音楽談義が、素養のない私にとってはマジでチンプンカンプン。

めちゃくちゃマニアックな話をしているように見えるのですが、わかる人にはわかるのでしょうか。

雑学・ウンチクが雰囲気を和らげている

紅葉

ことあるごとにミステリーの本筋から脱線し、楽しげに雑学談義にふける本作の作風は異色としか言いようがありません。

ですが、ともすれば陰鬱な雰囲気を濃厚に漂わせてしまいがちな集落舞台のミステリーを、この雑学過多の特徴が和らげてくれています。

あまりに暗いミステリーは苦手な人でも、多種多様な雑学・ウンチクを明るくマジメに楽しむ本作なら楽しめると思います。

引用の多さ

辞書と眼鏡

『美濃牛』の大きな特徴の一つが「引用」の多さ。

本作は多くのキャラクターが登場しますが、複数の人物の視点を切り替えながら物語が進行するスタイルをとっています。

その視点切替えのタイミングで、「牛」や「迷宮」にまつわる古今東西の書物や詩が引用されるのです。

頻繁に視点の切り替えが行われるので、その都度差しはさまれる引用の数も相当数にのぼります。

全てを数え上げることはできませんでしたが、巻末に記載されている「参考・引用文献」が100を超えることからも、引用の数のすさまじさがわかりますね。

思わず「どこからこんなに持ってきたの(笑)」とツッコんでしまいたくなる徹底ぶりで、これは一見の価値ありですよ。

ミステリー好きに刺さる小道具

鍾乳洞

本作には、ミステリー好きに刺さる要素がギッシリと詰め込まれています。

  • 舞台が田舎の集落
  • 鍾乳洞の迷宮
  • 首切り死体
  • 見立て殺人
  • わらべ歌とそれにまつわる伝承

こういうのワクワクしませんか!?

古典的なミステリーでよく扱われる上のような要素に目がない人には特におすすめできる一冊です。

絶版

本棚

2021年5月現在、『美濃牛』は残念ながら絶版となっており、紙の本は手に入りにくいかもしれません。

しかし電子書籍化されていますので、「どうしても紙の本が見つからない!」という場合には電子書籍を利用するのも一つの方法ですよ。

ちなみに私はkindleで本を読むのが大好きなのでそちらで読みました。

 

※電子書籍ストアebookjapanへ移動します

 

読書会風動画

本作『美濃牛』は、私が所属している文学サロン朋来堂ミステリ部の2021年4月の課題図書でした。

ミステリ部員4名が読後に本作について語り合う動画がありますのであわせて紹介します。

私も「つみれ」という名前で参加しているのでぜひ観てね!

▼殊能将之『美濃牛』の感想を語り合う。【朋来堂ミステリ部】

終わりに

何度も脱線を繰り返しながら進行していくボリュームたっぷりのミステリーですが、最後にはきれいにまとまる満足感の高い一冊でした。

 

魅力的なキャラクターも多数登場し意外ととっつきやすいので、スルスルと読み進めることができますよ。

 

本記事を読んで、殊能将之さんの長編ミステリー『美濃牛』を読んでみたいと思いましたら、ぜひ手に取ってみてくださいね!

最後までお読みくださり、ありがとうございます。

つみれ

▼続編の記事

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