こんにちは、つみれです。
このたび、西條奈加さんの『心淋し川』を読みました。
第164回直木賞候補作にノミネートされた作品で、江戸時代が舞台の人情ものを集めた連作短編集となっています。
それでは、さっそく感想を書いていきます。
※2021年1月20日追記
第164回直木賞は、本作『心淋し川』が受賞しました。
西條奈加さん、おめでとうございます!!
▼第164回直木賞候補作をまとめています。
作品情報
書名:心淋し川
著者:西條奈加
出版:集英社(2020/9/4)
頁数:248ページ
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目次
江戸の貧乏長屋で暮らす人々を描く!
私が読んだ動機
第164回直木賞候補作にノミネートされたので読んでみようと思いました。
こんな人におすすめ
- 人情ものが好き
- 時代小説が好き
- 江戸時代の庶民の生活に興味がある
- わかりやすいハッピーエンドよりも解釈の分かれる物語が好き
- 直木賞候補作が読みたい
あらすじ・作品説明
千駄木町の一角に流れる淀んだ川「心淋し川」、つづめて心川。
この川の両岸に並ぶ長屋には、それぞれ複雑な事情を抱えながらも毎日を精一杯生きている人たちが住んでいる。
長屋の住人たちを主人公に据え、彼らが今より少し明るい未来に踏み出すワンシーンを、それぞれが抱える暗い事情とともに描く6編を収録。
江戸時代が舞台の人情もの
本短編集『心淋し川』は、江戸時代を舞台とした時代小説で、内容的には「人情もの」です。親子や夫婦、男女のやり取りや情愛を扱った物語ですね。
言葉の定義がむずかしいですが、「歴史小説」と「時代小説」について、私は下記のように捉えて書いています。
- 歴史小説:歴史的に実在した人物を描いた作品
- 時代小説:歴史的に架空の人物を描いた作品
本短編集の内容は男女の色恋沙汰を扱った内容が多く、これは私の苦手分野でもあるのですが、思いのほか楽しむことができました。
各編の終盤には思いがけない展開なども用意されていて、ミステリー的な味わいもふんだんに盛り込まれています。
切ない展開を迎える物語が多く、単なる「いい話」では終わらない奥深さ、アクの強さがありましたね。
この一筋縄ではいかない物語展開がクセがあってよかったです。
本書タイトルの『心淋し川』(表題作でもある)という響きは、本短編集が持っている全体的な雰囲気を如実に伝えてくれています。
心町に住む主役たち
千駄木町の外れに流れていて、梅雨時には悪臭を放つどぶ川「心川」。
心川の両岸にある貧乏長屋の固まっているところを心町といい、この連作本短編集の主人公はここの住人たちです。
あまり住環境が良くなさそうな心町に住みついている各編の主人公たちは、みんな生まれや来歴に特殊な事情を抱えています。
「いや、そんなことはないよ。誰の心にも淀みはある。事々を流しちまった方がよほど楽なのに、こんなふうに物寂しく溜め込んじまう。でも、それが、人ってもんでね」
『心淋し川』kindle版、位置No. 463
淀みを溜め込んでしまう心川の両岸に住む、心に淀みを溜め込んでしまった人たちのつましい日常を描いていながら、どの物語もどこか希望を感じさせる終わり方をするんです。
こういうちょっと希望が見える物語、私好きなんですよね。
また、最底辺のように描かれている心町もなんか雰囲気がいいんですよ。生活は苦しそうだけれど、あたたかみがあって。
主人公たちが抱える暗い事情は、心町での暮らしのなかでそう簡単に変わっていきませんが、それでも人生を少しでも良い方向に持っていこうともがいている彼らの微細な変化。
これを味わってほしいですね。
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差配の茂十
心町の差配として登場するのが茂十という初老の男性。この差配というのは貸地・貸家の管理をしている人のことです。
茂十は全編を通して登場するキャラクターで、彼と心町の存在が各編を繋げて本作を連作短編たらしめているといっても過言ではありません。
茂十は、各編の主人公とほどよい距離感を保ちながら、いざというときには助け舟を出してくれる好人物です。
しかしそれと並行で、同じく心町に住みついている老爺・楡爺との謎のやり取りがたびたび登場します。
茂十は、各編で脇役として登場しながら、さらにその脇に小さな謎を残していくなんとも不思議な人物なのです。
ある程度小説を読みなれている人なら、「ああ、この茂十と楡爺の物語が最終話に配置されているんだな」と気づけると思います。
こういう構成は、連作短編という形式のおもしろさの一つかなと思いますね。
収録作6編
本短編集には、基本的に心町の長屋に住む人をそれぞれ主人公に据え、うら寂しさを基調としながらどこかあたたかみを感じさせる短編が揃えられています。
なかには異色作もありますが、それも含めて心町の住人の多彩さを味わってほしいですね。
心淋し川
働かない父と愚痴ばかりの母から解放されたい主人公のちほ。
ちほは着物に紋を入れる上絵師の元吉と恋愛関係になり、彼が心町から連れ出してくれることを望むようになるのですが、一筋縄ではいかない、といった話。
どうしようもない典型的なダメ親父であるちほの父が見せる不器用な親心がグッとくる一作です。
閨仏
心町の一角、六兵衛長屋に住む四人の妾の一人りきが主人公。
出来心でやらかしたいたずらから自分の特殊な技能に気づいたりきが、その技能によって新しい生き方を模索し始める、という話。
タイトルからも察せられるとおり、若干大人向けな内容の一作。
読後はすっきり。
はじめましょ
兄弟子から心町に開いた安飯屋『四文屋』を受け継ぎ、心町の住人相手に料理を提供する与吾蔵が主人公。
日参している根津権現の寺社地内で出会った不思議な子供の口ずさむ唄から、与吾蔵は昔捨てた女のことを思い出す。
基本的にあたたかい物語でありながら、ミステリーを感じさせる読み心地もとてもよかったです。
個人的にお気に入りの一作。
冬虫夏草
とある事件で身体の自由を奪われてしまった息子をかいがいしく世話する母親、吉が主人公。
口が悪く反抗的な態度をとり続ける息子を献身的に支える吉の心の闇を描いています。
本短編集のなかでも特に不気味な味わいがあって、あたたかい物語「はじめましょ」の次にこの話がくるという落差も相まって、一層奇異な感じが引き立っていました。
正直、6編のなかでは最も異彩を放っていた一編ですね。
明けぬ里
昔、遊郭で働いていた元遊女のようが、当時の先輩で、遊女としても格の高かった明里と邂逅する話。
人気遊女だった明里に対するようの嫉妬など、女性同士の機微に触れる一作。
傍目からみたら誰もがうらやむような人生でも、当人にしかわからない悩み・辛さがある。
そんな強いメッセージ性を感じる一編でしたね。これもお気に入りの一編です。
灰の男
本短編集の集大成ともなる一作で、差配の茂十を主人公に据えています。
とにかく茂十が各編で残してきた小さな謎がこの物語で一気に回収され、その裏事情などが明らかになるので、かなりスッキリしましたね。
各編に共通して登場する人物の事情を最終話で描くことによって、全体の統一感を担保しつつ、結末をきれいにまとめあげているのは連作短編集として模範的ですね。
それまで提示されてきた小さな謎が一気に回収できる気持ちよさみたいなものがあって、それが読後のスッキリ感につながっていました。
どこかうら寂しさを感じさせる本短編集の最終話として、とてもよかったと思います。
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終わりに
西條奈加さんの作品は初めて読んだのですが、貧乏長屋に住む人々の人情味あふれるやりとりが印象的でとてもよかったです。
時代小説畑で活躍されている作家さんで、同じく長屋を舞台にした小説も他に数点出しているようですね。他の作品も読んでみようと思います。
本記事を読んで、西條さんの連作短編集『心淋し川』を読んでみたいなと思いましたら、ぜひ手に取ってみてくださいね!
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
▼第164回直木賞候補作をまとめています。
つみれ
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