螢

ミステリー、サスペンス

  (最終更新日:2021.12.10)

【感想】『螢』/麻耶雄嵩:ネタバレ前に読むべし!

こんにちは、つみれです。

このたび、麻耶雄嵩さんの本格ミステリー小説『螢』を読みました。

一見、正統派のクローズドサークルもののように思わせておきながら、いかにも人を食ったようなトリックが仕掛けられています。

読む人を選びそうな邪道ミステリーである本作について、感想を書いていきます。

ネタバレ感想は折りたたんでありますので、未読の場合は開かないようご注意ください。

作品情報
書名: (幻冬舎文庫)

著者:麻耶雄嵩
出版:幻冬舎 (2007/10/4)
頁数:438ページ

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ネタバレ厳禁のクローズドサークル

人を食った邪道のクローズドサークルミステリー

私が読んだ動機

インターネットでおもしろそうなミステリーを探していて見つけました。

こんな人におすすめ

チェックポイント
  • クローズドサークルものが好き
  • ミスリードの粋を味わいたい
  • 「邪道」のミステリーを読みたい

1998年度「本格ミステリ・ベスト10」で第1位に選ばれた作品です。

本作は一言でいうと嵐の山荘ものです。

新本格ミステリー好きであれば、聞くだけで涎を垂らしてしまうような響きを持っている魔性のワードですね。

舞台は京都の山間部に位置する黒レンガのお屋敷「ファイアフライ館」。

実は10年前に6人もの演奏家が殺害され、さらに1人が失踪するという凄惨な事件が起きていたいわくつきの館なのです。

ここにとある大学のオカルトサークルの学生たちが合宿にきたところ、豪雨で外界との交通および連絡が遮断され、孤立した状況のなか殺人事件が起こります。最高かよ。

また、このオカルトサークルのメンバーたちも若干ギスギスしていたり、怪しげな人間が混じっていたりと、この手の小説としてはありがちな設定。

気持ちいいほどの正統派!いやが上にも期待が高まるというものです。ええ、涎が止まりません、止まりませんともッ!

二人の探偵役

私は新本格ミステリーを読むとき、最初の犠牲者は誰かな、と結構楽しく想像しながら読むのですが(悪趣味)、この小説に関してはもうコイツしかいないだろうと思っていた人物がいます。

それが、島原駿策です。生意気でほかの人物の発言にいちいちケチをつけなければ気が済まない性格。ああ、こういう人物は真っ先に死にますね、間違いないですねと思っていたのです。

フタを開けてみたら、彼が探偵役でした。島原さんすみません。(目次にも書いてあったね・・・)

さらに言うと、サークル内には彼ともう一人探偵役がいて、内部犯説と外部犯説とを戦わせるという展開になっていきます。おもしろいですね。

クローズドサークルものでは定番の、内部犯がいるかもしれないという不気味さ、グループ内のギクシャクした感じはいつ読んでもいいですね。ぞくぞくします。

自分が当事者だったら最高に嫌ですが。

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ネタバレ厳禁!二つの大きなトリック

闇で飛んでいる螢

ネタバレなしということになると、大きなトリックが二つ仕掛けられていますとしか言えません。

この部分が麻耶雄嵩『螢』の最大の醍醐味ということになるでしょう。

大きなトリックのうち片方は、ある程度ミステリーに親しんできた人であればピンとくるタイプのもの。

私もここまでは看破できました。

もう一つがすばらしいです。

私は完敗でしたね!「本格ミステリ・ベスト10」の第1位の称号は伊達ではありません。

この二つのトリックに関しては、ネタバレ厳禁です。

ぜひ情報を仕入れる前に読んで、衝撃を味わってもらいたいですね。

 

※電子書籍ストアebookjapanへ移動します

 

▼クローズドサークルまとめ

【ネタバレ感想】すでに読了した方へ

危険!ネタバレあり!

完全なるネタバレとなります。

今後読む予定の方は絶対に見ちゃダメ!おもしろさが激減します。

ネタバレあり!読了済の人だけクリックorタップしてね

・叙述トリック

いろいろと細かいトリックが仕掛けられてはいるのですが、上にも書いている通り、大きなものは二つあります。

両方とも叙述トリックに分類されるもので、犯人が他の登場人物に対してトリックを仕掛けるのではなく、小説の作者が決定的な事実を意図的に隠したり、勘違いしやすい表現などを用いて、読者を誤認に導くタイプのものです。

このタイプのミステリーはオチを知ってしまうと、おもしろさが激減してしまうという欠点があるんですよね。

では、二つのトリックに対し、私がどう戦ったのか、紹介していきたいと思います。

・トリックその1

物語の語り手が、諫早郁夫ではなく実は長崎直弥でした!というものです。

冒頭から主人公は諫早で、彼の視点で物語が展開しているようにみえるのですが、実はそうではなかった。

これは序盤からそこそこ伏線が配されていて、中盤になるとよりあからさまなヒントが現れるようになります。

実は私、序盤のうちから語り手は諫早じゃなくて長崎だな、と感じていました。すごいでしょう?

決め手は「違和感」。登場人物の描写として、長崎だけが非常に薄いんですね。

長崎に関する描写だけが意図的に避けられている。

私は序盤のうちに登場人物のプロフィールをある程度頭の中で箇条書き的に整理してから読み進めるようにしているのですが、長崎だけ与えられる情報が異様に少ないのです。

この不自然さに早い段階で気づくと、序盤から中盤にかけて読み進めていくうちにこのからくりに気づけるようになっています。

おそらく、麻耶雄嵩としてもこのトリックはあくまで撒き餌で、もう一つの方をメインに据えていた節があって、中盤でかなりわかりやすいヒントを提供してくれています。

 

「対馬さんとは親しかったんですか?」<span class="su-quote-cite">『螢』p.213</span>

料理中の松浦千鶴が語り手に向けて言ったセリフです。

死んでしまった対馬めぐみと諫早が付き合っていたというのは物語序盤で登場人物全員に知らされるシーンがありますから、このセリフが諫早に向けられたとすると不自然極まりないことになります。

中盤でこのトリックに対するわかりやすいヒントを与えて、読者を半ば満足させておき、もう一つのトリックの隠れ蓑にする。これが作者麻耶雄嵩の狙いなのではないかと思います。

ちなみに部屋割りでこのトリックを看破するというやり方もあるそうですが、私は「語り手と島原が部屋の交換を行ったという事実」をすっかり失念していたので、見過ごしてしまいました。

これはミステリー好きとして致命的ですね。ハッハッハ。まじでくやしい。

・トリックその2

すがすがしいほどの完全敗北です。全く見破ることができませんでした!

こんなトリックがあるのか!勉強になりました!というレベルです。

松浦千鶴というキャラクターが登場するのですが、この人物は冒頭の登場人物表で「S女子大学一回生」とあり、読者には女性である事実が知らされています。

しかし、実は彼女は自分が女であることを隠し男としてサークル活動を行っており、小説内の登場人物たちも彼女を男だと思いこんでいるというトリックになります。

松浦千鶴の一人称は「ボク」。ああ、これがボクっ娘ってやつか。苦手だわー。と思った時点ですでに術中にはまっていたんですね。

読者は松浦千鶴が女性であるという事実を知っている。当然、登場人物たちも千鶴を女性だと認識しているであろうと思い込む。

千鶴という名前も読者にだけ明かされている事実(実際には約一名真相を知っている人物がいた)で、登場人物たちは彼女が騙っていた偽名「松浦将之」を本名であると信じ込んでいる。

この構図自体が壮大なワナ。そういう極めてめずらしいトリックです。

 

確かにね、千鶴にベタベタ触る男がいたり、千鶴を裸にしようとしたり、どんなセクハラサークルだよとは思っていたんですよ。

そういう時代だったのかねえ、なんて暢気なこと思っていたらこの有様だよ。

 

「……なあ松浦」

優しく諫早が訊ねかけた。

「正直に答えてくれ。お前、つぐみのことが好きだったのか?」<span class="su-quote-cite">『螢』p.302</span>

諫早のセリフですが、これがそこはかとないヒントになっています。

男であると思い込んでいる松浦に対して諫早がこのように言っているわけですから、ストーリー上は自然な会話なのです。

千鶴が女性であると知っている読者からすれば、「諫早はいきなり何を言い出したんだ」となって、「ははあ、これは性別誤認トリックか!」となるのが正解ルートです。

しかるに私は、「ははあ、ボクっ娘+百合属性。なるほどそういうトリックね」などというルートに進んだのでもう収拾がつかない。

なにがそういうトリックね、だよ。私の馬鹿野郎!

 

「え、どうなったんですか……わたし?」<span class="su-quote-cite">『螢』p.392</span>

気絶から目覚めた直後の松浦千鶴のセリフ。おそらくこれが最後のヒントになるでしょう。

ここで気づけなかったら終わりだぜ?というミステリー作家麻耶雄嵩の最後通牒。

ボクっ娘であるはずの松浦が、気絶後の油断から素の一人称である「わたし」を使ってしまっているというヒント。

ええ、全く気づきませんでしたね。完全にスルー。まじでくやしい。

 

これは本当に発明的なトリックだと思います。負け惜しみでもなんでもなく、実にすばらしいです。

唯一惜しまれる点は、これが単純に読者を錯覚させるためだけに作用しているトリックで、ストーリーには全く影響を与えていないというところでしょうか。

トリックには必然性が求められるという考え方があり、その点から見ると邪道ということになります。

それでも十分に驚かせてくれましたので、全く瑕疵にも当たらないと思いますが。

・名言というか、付箋を貼った箇所

「螢橋が水没してた。おまけに巨大な流木が引っ掛かっていて、あれじゃ到底渡れそうにない」<span class="su-quote-cite">『螢』p.150</span>

キター!

クローズドサークル完成の瞬間。ひどい話ですが、ワクワクが止まりません。ひどい話ですが。

 

「俺のものぐさは、本気を出すことを怖がっているだけの、ただの逃避なんじゃないかと思うよ」<span class="su-quote-cite">『螢』p.315</span>

探偵役の一人、平戸久志のセリフ。なんか刺さる言葉。

ぽろっとこんなことをこぼしてしまう彼はいいキャラクターですね。

ものぐさを装いつつ、意外に思慮深く、仲間想いでもある。

こういう弱さっていうのは、自覚しているだけでも見事なものだと思います。

本気でやったのに結果がついてこないという事態を想定して、あらかじめ無意識に予防線を張っているようなタイプの人間は現実社会でも多くいますからね。

本当はめちゃくちゃ試験勉強したのに「やべー、ぜんぜん勉強してねーよー」っていうタイプですね。別にいいんですけどね!

おわりに

クローズドサークルものというのは、雰囲気を味わうだけでもある程度満足できてしまうのですが、本作はトリックも最高でした。

こういう仕掛け方もあるのか!という感動はそうそう得られるものではありません。

まさに「珍味」、いい読書でした。

実は初めての麻耶作品でしたので、他の作品も読んでみようと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

つみれ

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