残像に口紅を

SF

  (最終更新日:2021.12.10)

【感想】『残像に口紅を』/筒井康隆:アメトークで話題沸騰!

世界から言葉が消えていく<span class="su-quote-cite">『残像に口紅を』p.8</span>

本を開くと、冒頭にこんな一文が掲げられています。

この小説では、少しずつ言葉が消えていくのです。

「えっ!?」と思いますでしょ?

例えば、「あ」という言葉が消えれば、「愛」も「あなた」も使えなくなる。

章が進むたびに、どんどん言葉が失われていく。

そんな驚くべき試みを実際にやってしまった実験的な小説があるんです。

それが今回感想を書いていく筒井康隆(ツツイヤスタカ)さんの『残像に口紅を』です。

アメトーーク!の「読書芸人」企画でカズレーザーさんに紹介され、話題になりました。

ストーリーがどうこうだからおもしろいとかそういう小説ではありませんが、使える文字が少しずつ減っていくという趣向そのものを楽しむ作品といっていいでしょう。

ちょっとだけネタバレ感想は折りたたんでありますので、未読の場合は開かないようご注意ください。

作品情報
書名:残像に口紅を (中公文庫)

著者:筒井康隆
出版:中央公論新社 (1995/4/18)
頁数:236ページ

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言葉が消えていく実験的小説

言葉が消えていく実験的小説

私が読んだ動機

「アメトーーク!」で紹介されているのを観て気になっていたところに、書店で見つけたので購入しました。

こんな人におすすめ

チェックポイント
  • 話題の小説が読みたい
  • 実験的な試みが好き
  • 言葉が消えていくというオンリーワンの楽しさを味わいたい

これはすごい一冊です。もう本当におどろきました。

1章進むたびに「音」が一つずつ消えていくんです。

どういうことかといいますと、事項以下で説明していきましょう。

少しずつ音が消えていく

パソコンのキーボード

例として、「あ」が消えた場合、この小説ではその後二度と「あ」という音を持つ言葉は登場しません。

この小説では最初の章で「あ」が失われてしまいます。従って、作品中に「あ」という音は一回も登場しないということになります。

当然、「あなた」という言葉が使えなくなりますので、他の言葉、「きみ」などで代用するしかなくなるわけです。

「あなた」を「きみ」に変えても大意は変わりませんが、日本語の持つ微妙なニュアンスが伝わらなくなります。

章が進むごとに使える音が減っていき、後半になればなるほど、より大げさで不自然な代用をすることになります。

このことから生まれる微妙な意味合いのズレや、苦労してその場に相応しい言葉を探しているであろう筆者の言語センスを楽しむ。

後半になればなるほど、使える言葉の制約が厳しくなっていく。

そんな趣向の小説となります。なんという素晴らしい発想なのでしょうか。

これ、思いついたとしても実際には書かないと思うんですよね。

終盤のストーリーを想像するだけで、破綻が目に見えていますものね。

『残像に口紅を』のすごいところは、ある程度、物語としての体裁を保ったまま、結局すべての音が消えるところまで完走しているというところです。

序盤はきちんとした文章なのですが、使える音が制限されてくるとだんだんと言葉遣いが荒くなり、やがては片言じみていく。

それでも物語は続いていくのです。

まさに奇才の作品というしかありません。

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消えた音を名前に持つ存在も消える

川べりに座る女性と犬

音がだんだんと消えていくという発想だけでもすごいのですが、もう一つおもしろい要素が付加されています。

それは「消えた音を名前に持つものはその存在自体が消える」というものです。

例えば、「い」という音が消えたとします。

すると、犬という動物自体の存在が小説から消えるのです。

それも、その時点から急に消えたという形ではなく、人間の意識が「もとから犬という動物は存在しなかった」という形に改変されてしまいます。

このギミックが、物語に切なさやもの悲しさ、諧謔やおかしみといった独特の味わいを付加する要素となっています。

物語が進むうちに、登場人物たちも「存在が消える」というこの不思議な現象に気づいてきます。

そうすると、「自分が消えてしまうまえにこの旨そうな料理を食べてしまわなければ!」と意気込んだ瞬間に料理が消えるといったような、この小説ならではのおかしみが生まれてくるのです。

記憶の消え方

たくさんのキャンドル

犬が消えたとして、その瞬間から犬の記憶がきれいさっぱり消えるわけではありません。

記憶が完全に抹消されるまで、わずかばかりの猶予があるのです。

急速に犬に対する記憶が薄れていくなか、登場人物の犬に対する最後の感傷が描かれる。

この要素が数々の名シーン、珍シーンを生んでいるんですよ。

主人公の家族、とりわけ3人の娘たちは、物語の序盤で狙い撃ちされたかのように順番に消えていきます。

娘が消えた瞬間、主人公が浸る最後の感傷。これがなかなかにドラマチックです。

 

※電子書籍ストアebookjapanへ移動します

 

【ちょっとだけネタバレ感想】すでに読了した方へ

危険!ネタバレあり!

本作に登場する「名言」を紹介しながら、本作について語ってみる。

ネタバレあり!読了済の人だけクリックorタップしてね

・だんだんと言葉が消えていく名文!

彼女の化粧した顔を一度見たかった。

では意識野からまだ消えないうち、その残像に薄化粧を施し、唇に紅をさしてやろう<span class="su-quote-cite">『残像に口紅を』p.50</span>

まだひと前で化粧をしたことがない高校一年の娘が消えてしまった。

急速に薄れゆく記憶のなか、娘を想う主人公の言葉。

この小説の趣旨をドラマチックにわかりやすく伝えてくれる例として秀逸です。

小説のタイトルの由来ともなっているなんとも印象的なシーンですね。

 

料理が消失した。

酒を残し、食卓の上からは何ひとつなくなってしまった<span class="su-quote-cite">『残像に口紅を』p.87</span>

主人公たちが箸をとった瞬間に消える料理たち。思わず笑ってしまいました。

消えたのは「帆立貝の雲丹まぶし、塩釜ほうらく、鶏もつと菠薐草(ホウレンソウ)の浸し、ほやの天火焼き」などなど。

さて問題です。消えた音はなんでしょう。

 

ただいま紹介していただいた佐治勝夫じゃが<span class="su-quote-cite">『残像に口紅を』p.201</span>

すでに言葉がかなり消えてしまった状態でなんと講話をしなければならなくなった主人公。

殊に「す」が消えるというのは相当に痛い。

これは「ですます調」が使えなくなることを意味します。

窮地のなか、彼は老人の話しことばで乗り切るという荒業を思いつく。

その発想に大笑い。そして、ただひたすらにシュール。

 

おやおや。コカ・コーラ君ではないか。

まだ生き残っていてくれたのかい。

まなこから塩辛いものが流れ出るくらい嬉しいよ<span class="su-quote-cite">『残像に口紅を』p.229</span>

相当の音が消えてきています。

コカ・コーラがまだ世界に残っていた感動を表すのに、なんとも大げさでもどかしい遠回りな表現に笑いを禁じえません。

 

特に高い能力を持つと市から認定された四人の四倍の二倍くらいの子らが<span class="su-quote-cite">『残像に口紅を』p.257</span>

もう数字はほとんど表現できなくなっています。

四人の四倍の二倍。笑う。

 

おっ。この中庭の若草のシートはいかがかな。

うはははは<span class="su-quote-cite">『残像に口紅を』p.282</span>

終盤、疲れて芝生で寝っ転がろうとするシーン。

若草のシートの表現が一見文学的だが、苦しさの末にひねり出した表現だというのが透けてくるとたちまち笑えてくる。

また、この頃になってくると、不審な笑いの頻度が増してくる。うははははじゃねーよ(笑)

終わりに

この小説を読んで、ストーリーがうんぬんかんぬんと言ってしまうのは野暮というものです。

だんだんと音が消えていく実験的な小説。この発明的な発想こそを楽しむべき作品といっていいでしょう。

すばらしい作品だと思います。

私としては、使える音が10を切ったあとの、詩的でリズミカルで音楽的な世界をぜひとも味わってほしい。

そんな小説でございました。おもしろかった!

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

つみれ

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