ホラー

  (最終更新日:2022.05.5)

【感想】『玩具修理者』/小林泰三:オチがすごい!

こんにちは、つみれです。

このたび、小林泰三(コバヤシヤスミ)さんの『玩具修理者』(角川書店)を読みました。

私はホラーが大変苦手ですので、「角川ホラー文庫」などというレーベルを避けに避けてきました。

しかし本作はホラーといっても、幽霊とかゾンビとかそういう存在で怖がらせようというのではありません。

まず「当たり前だとおもっていた約束ごとや常識といった生きる上での基盤となるもの」が揺らいだらどうなるか?という問いかけがあります。

そして、それを実際に揺るがせてみて恐怖を呼び起こす。そんな趣向でした。

 

ホラーが苦手な私ですが、本作に限っては全然問題なく、とてもおもしろく読むことができました。

 

もちろんグロい描写もありますから、ダメな人はダメだと思いますが。

ネタバレ感想は折りたたんでありますので、未読の場合は開かないようご注意ください。

作品情報
書名:玩具修理者 (角川ホラー文庫)

著者:小林泰三
出版:角川書店 (1999/4/8)
頁数:221ページ

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常識を揺るがせることで生まれる怖さ

オチがすごい!ゾクッとしたい人にオススメ

私が読んだ動機

読書会で紹介され、その後、数ヵ月してから紹介してくれたご本人より譲り受けました。

こんな人におすすめ

チェックポイント
  • 怖い話が好き
  • 量子力学に興味がある(私には難しすぎました)
  • ラスト一行の衝撃を味わいたい

常識を揺るがせることで生まれる怖さ

脳

本作『玩具修理者』には下記の2編が収録されています。

  • 「玩具修理者」
  • 「酔歩する男」

両編ともになかなかパンチがきいていて、読み応え抜群のホラーです。

上にも書いた通り私はホラーが苦手なのですが、読み終わってまず思ったのは、苦手なジャンルも読まず嫌いはよくないなということ。

常識や生きるうえでの基本的な約束ごとを覆してみて恐怖を表現するというのもホラーであるなら、もっと読んでみたいと思わせてくれる、そんな一冊です。

それでは各編について少しずつ書いてみましょう。

玩具修理者

修理

「玩具修理者」は50ページに満たない短い物語です。

そんな短い物語のなかに、「人間が生きていくうえで拠り所とするような基本的な事項を盲信することに対する問いかけ」がたくさん詰まっています。

本作は喫茶店で談笑する一組の男女のやりとりを切り取った下記の一文から始まります。

彼女は昼間いつもサングラスをかけていた<span class="su-quote-cite">「玩具修理者」p.6</span>

男は女がいつも昼間にサングラスをかけていることにささいな疑念を抱き、その理由を聞いてみます。

本当にささいなことを聞いただけだったはずなのです。女は「玩具修理者」に関する告白を始めます。

女が子供だったころ、彼女の家の近くに玩具修理者がいました。

独楽でも、凧でも、ロボットでも、テレビゲームでも。

玩具修理者は、壊れたおもちゃなら何でも「馬鹿正直」に直しました。

彼女は猛暑のある日、事故に遭って弟を死なせてしまいます。

自身も事故で大怪我を負いながら、彼女は死んだ弟を背負って玩具修理者のもとに向かいました。

なんという背徳的風景でしょうか。

酷暑のなか、死んでしまった弟をおぶって歩く少女の描写がなかなかのグロさですが、耐性のない私でもどうにか読み進めていける程度のものです。

終盤の半狂乱的な展開がぞくぞくするほどすさまじい。一読の価値ありです。

 

グロさばかりに意識が向かいがちですが、「生物」と「無生物」の違いについて、当たり前であるはずの「常識」が問われる一面もあり考えさせられます。

 

ただ怖がらせてくるだけではありません。

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酔歩する男

たくさんの時計

本作の後半部に収録されているのが「酔歩する男」。

これはめちゃくちゃすごい物語です。

正直、かなり難度が高く、私がすべてを理解できているとは思えませんが、なんとか書いてみましょう。

登場人物

血沼壮士

血沼(ちぬ)壮士(そうじ)は一応主人公ということになるのでしょうか。冒頭部とラストを見る限りおそらくそうでしょう。

絶対にあるはずの場所にどうしても辿り着けないことがあるという男性。引っ越したのかと思うと、次の日に見つかったりする。

この時点ですでに不穏極まりないです。嫌な予感しかしませんね。

とあるパブで小竹田と出会い、彼の話を聞くところから物語は始まる。

小竹田丈夫

とあるパブで初対面であるはずの血沼に対し、いきなり禅問答のような会話を始める謎の男性が小竹田(しのだ)丈夫(たけお)です。

曰く、小竹田は血沼を知っているが、血沼が小竹田を知らないのであれば、知り合いではないのだろう、とのこと。なんのこっちゃである。

小竹田は昔語りを始める。

結局、小竹田の言いたいことを理解しようとして、血沼は腰を据えて彼の話を聞き始めてしまうし、読者はこの物語を読み始めてしまう。

菟原手児奈

菟原(うない)手児奈(てこな)は、小竹田の話のなかに登場する女性です。

花の匂いを音階で表現したり、パフェの味を色で表現したりと、独特の感性の持ち主。

小竹田の話によると、過去に小竹田と血沼は共に菟原に惹かれ三角関係のような状態になったようです。

そんな状況に決着をつけるため3人で会おうとした矢先、彼女は駅のホームで不審な死を遂げる。

ここから物語は狂い始める

名前の由来

基本的な登場人物は以上の3人だけです。あとはオマケのようなもの。

 

キャラクターの名前が異様に覚えづらくて、もうここからしてイカれていると思いましたね。

 

読後に調べてみると、「菟原処女(うないおとめ)の伝説」とか「真間の手児奈伝説」とか、モチーフとなる伝説があるようです。

一人の女性を複数の男性が取り合った結果、女性が自殺してしまうというストーリーで、まさに本作の元ネタといっていいでしょう。

とくに「菟原処女の伝説」は、菟原処女を菟原壮士(うないおとこ)茅渟壮士(ちぬおとこ)が取り合うという筋のようで、登場人物名などの由来もこのあたりにあるのでしょう。

茅渟を血沼と書きかえているあたり、そこはかとない狂気を感じますね。

小竹田丈夫の由来がちょっとわからなかったのですが、なにか別の伝説があるのでしょうか。

読む前にこれを知っていればもう少し楽しめたのでしょうか。くやしいです!

手児奈を治そうとする

血沼は小竹田に医学部への編入を命じます。

医術で手児奈をなんとか「治そう」というのです。

一方、血沼自身は医学部への編入に失敗し、物理学での手児奈治癒を模索します。

ここで30年が経過します。まじかよ。

時間逆行

シュレディンガーの猫

30年の時を経て、医学部の教授になっていた小竹田を再び血沼が訪ねてきます。

手児奈のいない人生を受け止められるようになっていた小竹田とは異なり、血沼は30年間、手児奈を治す研究を続けていたのです。

血沼が提案したのは、時間を逆行して手児奈を救うというものでした。

ネタバレになってしまうので詳細は「ネタバレ感想」の方で書きますが、この時間逆行の理論や方法がちょっと類を見ないというか、かなり緻密に設定されているのです。

 

この理論や方法論が目新しくて、ものすごくおもしろかったです。

ただ私にはかなり難解でした。

 

もちろん、ラスト間近では身震いするような恐怖が待ち受けていて、それもこの小説の醍醐味の一つですね。

 

※電子書籍ストアebookjapanへ移動します

 

【ネタバレ感想】すでに読了した方へ

危険!ネタバレあり!

「名文」を紹介しながら、各作品について好き勝手に書いてみます。

正直、「酔歩する男」については、内容が難しすぎて、内容整理のためのガチネタバレになっています!お気を付けくださいね。

ネタバレあり!読了済の人だけクリックorタップしてね

・常識の屋台骨を揺るがす名文!

確かに分解したときに逮捕されれば、殺人罪が成立するかもしれないけれど、組み上げた時点で成立しなくなるわ<span class="su-quote-cite">「玩具修理者」p.36</span>

玩具修理者は生物と無生物の境界を意識することなく、すべてのものをいったん細かい部品に「分解」してから修理を行います。

「修理」のために一度殺人を犯していることになりますが、これは罪になりますか、という究極の問いかけがあります。

大手術で体に傷をつけるのと違うのは、「一度死ぬ」かどうかというところだけ。

ということは、単純に倫理的問題ということになるのでしょうか。

こういうことが当たり前の世界では、殺人という行為自体の禁忌的感覚も麻痺してしまうようにも思えるのですが・・・。

なんにしてもゾッとしてしまいますね。

 

生物と無生物なんて区別はないのよ。

機械をどんどん精密に複雑にしていけばやがては生物に行きつくの<span class="su-quote-cite">「玩具修理者」p.40</span>

私たち人間が当然のこととして自然に受け入れていることをすさまじいインパクトとともに否定する女性の名セリフ。

これを受けた男性がうまい受け答えをできずに混乱してしまうのが、恐怖を助長しています。

こういう根本的な疑問ほどうまく答えられないんですよね。

子どもに無邪気に聞かれたらなんと答えればよいのでしょう。

自分の持っているはずの常識の屋台骨がぐらんぐらん揺れている感覚がなんとも気持ち悪かったです。

 

俺の脳の奥に埋まっているその領域を破壊してくれ、それだけでいい。

俺は時間の流れから解放される<span class="su-quote-cite">「酔歩する男」p.114</span>

もう、これがすごいのなんのって。

普通、時間逆行やタイムトラベルを行う場合、専用の機械を使ったり、特殊な能力を使ったりする物語が多いですよね。

ですが、この物語は違うんです。時間の流れは意識の流れ。

脳のなかにあるという時間の流れを感知する器官をピンポイントで破壊することによって、意識を狂わせ、タイムトラベルを実現しようというのです。

目からウロコですね。どうやったらこんな発想ができるのでしょうか!

 

何の根拠もないのに時間が連続体だと信じ込んでしまっていた<span class="su-quote-cite">「酔歩する男」p.143</span>

過去に行ったら、その移動分と同じ間隔で未来への移動も可能だと思い込んでいたという血沼の名言。

それほど簡単なものでもないらしい。すでに簡単ではないですが。

常識の屋台骨をこれでもかと揺るがしてきます。わたしは、「はい?」ってなりました。

時間は連続しておらず、あくまで点。物理現象の都合に合うように、脳が時間の点に順番付けをしているから連続しているようにみえるだけだという。

その順番付けをしている器官を破壊したから、眠ったりなどで大脳の働きが低下したときに、勝手に時間を超えてしまうようになった。詳しくいうと、意識が時間の流れ、順番を認識できなくなった。

この時間移動方法を「気に入らない現在を改良できる」手段として活用法を探っていく二人。

すでに狂気です。そして私の理解力もそろそろ限界です。

 

未来に行くことは、過去に行くことと違って、時間の順序の逆転は起きないから、波動関数は収束したままだったんだ<span class="su-quote-cite">「酔歩する男」p.174</span>

とんでもなく難しいことを言っていますね。私もすべて理解できたようには思えませんけれど。

人間の意識が観測することで初めて存在が実在化するという考え方があり、これを「波動関数が収束する」という言い方をするようです。

未来にはさまざまな可能性があるけれども、実際に未来に行くことで「観測」すると、その観測した未来だけが実在化する。

ところが、一回でも過去に行ってしまうと、未来からきた本人にとっては実在化した未来でも、過去の人間からすれば非実在だから、波動関数は発散する(非実在になる?)。

ここがわからない!むずかしい!つまりやりなおしになるってことかなあ。文系人間の限界を感じます。

 

ところで、『波動関数を再発散させない能力』は持っておられますか?<span class="su-quote-cite">「酔歩する男」p.199</span>

怖い!

これがないといくら現在を改変しても意味がないということでしょうか。

過去に行けば現在を改良できるけれど、それよりもさらに過去に行ってしまうと、せっかく改良した現在が非実在になってしまう。

『波動関数を再発散させない能力』を持たないまま、行きたい時間に行けなくなった時点で、時間逆行の能力はとんでもない欠陥品となってしまったということかな。

つまり、何をやっても徒労に終わる。こういう恐怖を描いてくるとは・・・、脱帽ですね。

それにしても、結局、手児奈の存在はなんだったのでしょうか。

最初は手児奈もタイムトラベル能力を持っていて、何か思惑があって動いていると思って読んでいたけれど、どうも違うのかなあ。

これがどうしてもわからないですね。

終わりに

「玩具修理者」は短いながらも完成された物語でした。クオリティが非常に高いですね!

 

多少のグロ描写がありますが、それさえ大丈夫であれば一読の価値ありです。

 

「酔歩する男」は時間逆行の発想から、量子力学の考え方まで非常に興味深いのですが、いかんせん私の理解力が追い付かず、消化不良の感が否めないです。

これはいつか再読ですかね!

本記事を読んで、小林泰三さんの『玩具修理者』がおもしろそうだと思いましたら、ぜひ手に取って読んでみてくださいね!

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

つみれ

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