こんにちは、つみれです。
このたび、深緑野分さんの連作短編『この本を盗む者は』を読みました。
「本の町」読長町の景観や住人たちが物語世界に置き換わってしまう事件が連続して発生するファンタジー作品です。
また、2021年本屋大賞にノミネートされた作品でもあります。
それでは、さっそく感想を書いていきます。
▼2021年本屋大賞ノミネート作10作をまとめています。
作品情報
書名:この本を盗む者は
著者:深緑野分
出版:KADOKAWA(2020/10/8)
頁数:344ページ
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目次
本の世界を冒険するファンタジー!
私が読んだ動機
2021年本屋大賞にノミネートされたので読んでみようと思いました。
こんな人におすすめ
- ファンタジーが好き
- 先が読めない展開が好み
- 本の中の世界に憧れる
- 本屋大賞ノミネート作品が読みたい
あらすじ・作品説明
本の町「読長町」にある巨大な書庫「御倉館」の管理人を父に持つ御倉深冬は本が嫌いな高校生。
ある日、御倉館の蔵書の一冊が盗まれてしまう。
すると、町はみるみるうちに盗まれた本の物語世界へと変貌する。
深冬は町を元に戻すため、本泥棒を捕まえようと奮闘する。
物語が現実を侵食するファンタジー
本作『この本を盗む者は』は本の町を舞台にしたファンタジーです。
『この本を盗む者は』というタイトルを最初に見たときは、人が死なない「日常の謎」系のミステリー作品かと思っていました。
ところが実際に読んでみると、本に描かれた世界が現実を侵食するファンタジーでした。
私が深緑野分さんの作品で本作以外に読んだことがあるのはデビュー作の『オーブランの少女』だけですが、本作とはずいぶん印象が違うなという感じでしたね。
『オーブランの少女』と比べて
上にも書きましたが、深緑作品で私が本作以前に読んだことがあるのはデビュー作の『オーブランの少女』だけ。
『オーブランの少女』は「少女が登場する」という共通点を除けば、世界観や登場人物などが全て異なる5編を収録した短編集です。
読み始めこそ落ち着いていて穏やかな印象を受ける物語ばかりですが、読み進めるうちに次第に不穏さややるせなさが前面に出てきて読者の頭を支配していく。
そんな趣向が魅力のすばらしいミステリー短編集です。
特に「氷の皇国」という、架空の国を舞台にしたミステリーがものすごく私の嗜好に刺さりましたね。
この架空の国の設定がとても緻密に作られていて、細かい設定が大好きな私にはクリティカルヒットな世界観でした。
そこで私が好きなミステリーが展開するのですから、私にとっては大満足の一編でした。
『オーブランの少女』は技巧が光るミステリー短編集でしたが、『この本を盗む者は』は一変してファンタジー色が濃厚な作風。
二作を比較するとずいぶんと印象が違っていて、深緑さんはいろいろなジャンルを書ける作家だなと思いましたね。
読長町を襲う呪い
本作の舞台は「本の町」読長町。
読長駅前から急勾配の階段を降りるとなんとなく昭和を感じさせる商店街があり、それを抜けた先に書店街があります。
書店街は、古書店、新刊書店、ブックカフェなど本関係の店が立ち並ぶ大通りです。いいですねえ。
本好きの私には、この「読長町」の雰囲気がとても魅力的に映りましたね。
物語の序盤で読長町の雰囲気を伝える部分が丁寧に描かれていて、この「本の町」で「本にまつわる事件」が起こると思うととてもワクワクしました。
御倉館とブック・カース
この読長町の中心に建っているのが本作のキーワードの一つでもある「御倉館」。
全国的に有名な本の蒐集家御倉嘉市が建てた書庫で、蔵書の増加に伴い改修補強工事を繰り返し、地下二階から地上二階までの巨大さを誇るようになりました。
この御倉館から「本が盗まれる」ことで物語は思わぬ方向に展開していきます。
どういうことかというと、御倉館から本が盗まれると、読長町全体が盗まれた本の世界に置き換わる呪い「ブック・カース」が発動するのです。
このファンタジー要素こそが本作のメインの仕掛けとなっています。
御倉嘉市の曾孫で本作の主人公御倉深冬は、物語世界に置き換わってしまった読長町で、御倉館から本を盗んだ犯人を探し出し本を取り返そうとします。
そうすることで呪いが解け、読長町は元通りの姿を取り戻すのです。
基本的にこの繰り返しで物語は進行していきます。
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「ブック・カース」の功罪
本作『この本を盗む者は』のメインの仕掛けとなるのが、御倉館から本が盗まれたときに発動する呪い「ブック・カース」。
物語の舞台となる読長町が、盗まれた本のなかの世界に置き換わり、町の住人たちも本の登場人物の配役を強制的に割り当てられてしまいます。
本作を楽しめるかどうかのカギは、このブック・カースを楽しめるかどうかにかかっています。
ブック・カースのココが良かった
ブック・カースの良い点は、読長町を舞台とし御倉深冬を主人公に据えた連作短編でありながら、章ごとにまったく違う物語・世界観を楽しめるということです。
ふつうの連作短編の場合、舞台や登場人物は同じなかで、複数の短編が繋がるように続いていくのが基本形。
最後の一編まで読むと、一冊を通しての謎が明らかになったり、各編の小さな伏線が回収されたりと、短編としても長編としても楽しめるのが連作短編の魅力です。
どちらにしても、同じ世界観の舞台で共通の登場人物たちの物語が複数紡がれるのが連作短編の醍醐味。
ところが本作は、基本的にこの連作短編の体裁をとりつつも、ブック・カースの呪いによって舞台や登場人物が盗まれた本の内容に置き換わるため、章が変わる都度まったく違う世界観に変貌します。
つまり、まったく異なる複数の世界観を楽しめるという稀有な連作短編集なのです。
実際にどんな「本」が登場するかというと、下記のような感じ。
- 真珠の雨が降る夜の世界が舞台。絵本的、説話的物語。
- 「禁本法」が施行され、本の所有が罪となった世界が舞台。ハードボイルドな雰囲気。
- 蒸気と鉱石の町が舞台の冒険小説。「銀の獣」という化け物が登場する。スチームパンク的な世界観が魅力。
以上のように、大元の舞台や登場人物は共通であるにもかかわらず、編をまたぐたびに全く異なる雰囲気・物語を楽しめます。
ここに魅力を感じる場合は、本作『この本を盗む者は』を楽しく読むことができると思います。
ブック・カースのココが微妙その1
ブック・カースの微妙に感じた点は、良くも悪くも「ご都合主義」の物語展開が連続してしまうこと。
なにか不思議なことが発生したときに、その原因や理由がきちんと説明されて納得できれば物語におもしろさを感じることができます。
本作の場合、不思議なことは数え切れないほどたくさん起こりますが、そのほとんどが「本のなかのできごとだから」で片付いてしまい、どうしても興ざめ感が生まれてしまう。
俗な言い方になってしまいますが、この「なんでもあり」な世界観を受け入れることができるかどうかが、本作を楽しめるかのカギとなります。
ブック・カースのココが微妙その2
ブック・カースの弊害はもう一つあります。
それは読長町住人の性格や立場がブック・カースによって「本」の世界のキャラのものと置き換わるため、登場人物自身の個性が弱いこと。
読長町住人の個性が盗まれた本のキャラ設定に依存するので、章が切り替わるたびにブレまくるんです。
なので、読長町住人のなかに好きなキャラクターを探すのはなかなか難しい作品だと思いましたね。
ただ、ブック・カースによって侵食された読長町にのみ登場し、主人公の深冬の相棒となって一緒に事件解決にあたる「真白」という少女は良かったです。
犬に変身できる能力と圧倒的な読書量からくる知識で深冬をバックアップする真白は、ブック・カースによって個性が変わらない稀有な存在。
どうしても他のキャラクターに対する感情移入度が低くなってしまう分、主人公の頼れる相棒・真白の存在が際立っていましたね。
終盤でおもしろさが加速
本作は終盤で一気におもしろさが加速していきます。
序盤から中盤にかけては、ブック・カースで変貌してしまった読長町が、深冬・真白コンビの活躍によって元の状態に戻っていくという内容の短編が繰り返されます。
ところが終盤に差し掛かると、「なぜブック・カースという現象が発生するようになったのか」「そもそも真白とは誰なのか」という本作の根源的な問題に切り込んでいく内容になっていきます。
私はこういう謎を解き明かしていくミステリー的展開が好きなので、終盤は特におもしろく読むことができましたね。
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終わりに
『この本を盗む者は』は、好き嫌いのはっきり分かれそうなクセのある作品でしたね。
先の展開がまったく予測できないところにおもしろさを感じることができたり、本の世界に入り込むところにロマンを感じることができる場合は大いにハマることができそうです。
本記事を読んで、深緑野分さんのファンタジー連作短編『この本を盗む者は』を読んでみたいと思いましたら、ぜひ手に取ってみてくださいね!
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
つみれ
▼2021年本屋大賞ノミネート作10作をまとめています。
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