こんにちは、つみれです。
このたび、芦辺拓さんの『大鞠家殺人事件』を読みました。
戦時中の大阪商家「大鞠家」で起こる連続殺人を描く長編ミステリーです。
丁稚奉公の風習が根強く残る商家を舞台にしていることがミステリーとして極めてユニーク!
本作『大鞠家殺人事件』は、第75回日本推理作家協会賞(2022)の長編および連作短編集部門を受賞しました!
芦辺拓さん、おめでとうございます!
それでは、さっそく感想を書いていきます。
作品情報
書名:大鞠家殺人事件
著者:芦辺拓
出版:東京創元社(2021/10/12)
頁数:368ページ
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旧弊に囚われる商家を襲う怪事件の謎がおもしろい!
私が読んだ動機
昭和の雰囲気を感じられるミステリーが読みたかったから。
こんな人におすすめ
- 戦時中が舞台のミステリーを読みたい
- 昭和初期の独特の雰囲気が好き
- 商人文化・町人文化に興味がある
あらすじ・作品説明
大阪商人文化の中心地・船場において、かつて婦人化粧品販売業で隆盛を誇った商家「大鞠家」。
戦争の激化に伴い凋落の一途を辿る大鞠家で、ある晩、流血の大惨事が起こる。
その事件を皮切りに、大鞠家は次々と怪事件に巻き込まれていく。
奇妙な訪問客、夜の大鞠家を走り回る赤頭の小鬼、酒に浸かった溺死体・・・。
相次ぐ不審な事件、そして連続殺人の舞台となった大鞠家には特殊な事情があった。
船場の商家「大鞠家」
本作『大鞠家殺人事件』の舞台は、大阪船場で婦人化粧品販売によって富を築いた商家「大鞠家」です。
昭和20年(1945)になっても未だ丁稚奉公の風習が根強く残る大阪商家という特殊な世界を題材にとっているのがユニークですね。
本作は、旧弊に囚われ続ける大鞠家一族を襲った陰惨な連続殺人を描きます。
丁寧な導入部
本作では、最初の事件までの導入部が非常に丁寧に描かれ、下記の2点がわかりやすくなっています。
- 「大鞠家」の人物それぞれの置かれた状況・関係性
- 「船場」という特殊なエリアが持つ独特の雰囲気
「船場の商家」がかなり特殊な空間なので、読者が理解できるように序盤から丁寧に描写してくれるのはありがたいですね。
また、登場人物の多くが「船場言葉」という独特の言葉遣いで喋るのも特徴。
船場言葉のやり取りは下記のような感じです。
「月子、自動車まで手ェ引いとくなはらんか。わて、小さいよって潮風に飛ばされへんか心配だすよってな」
「は、はい! お祖母はん」 『大鞠家殺人事件』p.56
テンポが良くていいですね!
読み始めはこの船場言葉に戸惑ってしまいます。
しかし、この船場言葉も「船場」という独特な世界を彩る重要な味付けの一つ。
導入部から船場言葉だらけなので、最初の事件が起きる頃にはすっかり慣れ、いつの間にか心地よく感じられるようになっていますよ。
丁稚奉公
本作の特徴の一つは、丁稚奉公という風習が根強く残る船場商家を舞台としていることです。
丁稚奉公とは年少の者が商家に住み込みで働く、典型的な江戸時代の雇用形態のこと。
丁稚は、やがて手代・番頭というふうに昇進していきます。
丁稚奉公という雇用形態は大正から明治、昭和にかけて次第に減少していきましたが、本作の舞台「大鞠家」では昭和に至ってもこの風習が残り続けていました。
古いものとなりつつあるこれらの価値観に縛られ続ける「大鞠家」には大いに不穏さがにじみ出ています。
本作ではそんな大鞠家の不穏さを描くかたわらで、現代人には馴染みの薄い「丁稚奉公まわりの用語」をしっかりと説明してくれます。
ミステリーとしておもしろいのはもちろんのこと、当時の商家の身分制度をわかりやすく学べるという意味でも興味深い一冊ですね。
読者を惹きつけるプロローグ
本作のプロローグでは下記の3時代が語られます。
- 明治39年(1906)
- 大正3年(1914)
- 昭和18年(1943)
各エピソードはそれぞれ短いながらも内容が濃く、大いに惹きつけられるプロローグとなっています。
プロローグのうち、とりわけ目を惹くのは明治39年と大正3年のエピソードです。
明治39年のエピソード
明治39年のエピソードは不穏かつ不可思議な内容で、読む人を強く惹きつけるんです。
大鞠家の跡継ぎであった長男・大鞠千太郎は、丁稚の鶴吉を伴って「難波パノラマ館」を訪れます。
しかし、千太郎は館内で姿を消し、そのまま失踪してしまうという事件です。
優秀な長男の失踪は、その後の大鞠家に暗い影を落としています。
大正3年のエピソード
大正3年のエピソードでは、とあるノートをめぐって何者かが激しく争うシーンが描かれています。
挙句の果てに、争っていたうちの片方が鉄道線路をまたぐ橋から突き落とされるという衝撃の内容。
これも明治39年のエピソードと同様、大鞠家の強い闇を感じさせるものとなっています。
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ミステリーとしてのおもしろさ
本作はミステリーとしても魅力的な一冊です。
まず、古い価値観に囚われ続ける一族「大鞠家」という存在自体がどことなく不気味で、ミステリーの舞台としてもってこいですよね。
「大鞠家」を襲う怪事件
本作では、その舞台となる「大鞠家」で下記のような陰惨で不気味な事件が相次いで起こります。
- 複数個所を斬りつけられた血まみれの女性が見つかる
- 夜の大鞠家を赤頭の小鬼が踊る
- 酒に浸かった溺死体が発見される
不気味な事件ばっかりでワクワク怖いですねえ。
単に殺人事件が連続するというのではなく、その間に怪事件が差し挟まれるのが本作の不気味さを一層引き立てています。
「いま大鞠家で何が起こっているのか」「過去に何があったのか」を知りたくてどんどん先に読み進めたくなってしまいますね。
オンリーワンのトリックが良い
船場商家「大鞠家」は、ミステリーの特殊な舞台装置としての役割を持っています。
本作で使われているトリックや動機の多くは、舞台が船場の商家「大鞠家」だからこそ成立するというもの。
詳しくはネタバレになるので語れないのですが、舞台が商家だからこその謎解きというのは、本作でしか味わえないオンリーワンのおもしろさです。
これに関係する伏線も非常にうまく張ってあって、これには唸りましたね。
旧弊に囚われた商家という舞台は、閉鎖的・排他的な村落を舞台にしたミステリーの変化球バージョンと解釈することができそうです。
「丁稚や番頭などの身分制度に縛られ続ける商家」という閉じた空間で起こる事件の裏側には、家の者にしかわからない独特の価値基準が横たわっています。
基本を少し外すイレギュラー要素も楽しい
いかにも王道の本格ミステリーらしい道具立てが取り揃えてある印象の本作ですが、意外にも基本を少し外したイレギュラー要素が目立ちます。
本格ミステリーでは基本的に警察がまったく頼りにならず、探偵役が警察の代わりに事件の調査を進めるという展開が多いです。
警察があまり頼りにならないのは本作も同様ですが、満を持して登場した探偵も頼りないのが本作のおもしろいところ。
「こいつ本当に事件を解決できるのか?」という探偵に対する不信感が、物語の結末に対する興味に繋がり、ついついページを繰っていってしまいます。
古典ミステリーのウンチク
大鞠家の次男・大鞠茂彦は探偵小説愛好家という設定です。
彼のエピソードには、昭和初期によく読まれた古典ミステリーの話がちょくちょく出てきます。
私は古典ミステリーには詳しくないので残念ながらわからない箇所も多かったのですが、知識のある人が読むと本作のおもしろさが格段に増すに違いありません。
昭和初期の雰囲気
本作全体に通底しているのは、戦時下で活気の失われた商家のどこか暗く陰鬱とした雰囲気です。
旧弊に固執し、時代に取り残された船場商家「大鞠家」は、昭和初期の重い空気感を一層際立たせる仄暗さに包まれています。
昭和初期の空気を濃厚に伝えてくれる一冊となっていますので、興味があればぜひ手に取ってみてくださいね。
個性的なキャラクターたち
本作は基本的に「大鞠家」という船場の商家を舞台に物語が進行していきます。
自然、登場人物もその多くが大鞠家の一族ということになります。
ところがこの大鞠家の一族はお互いに名前が似ていてなかなか覚えづらいです。
ですので大鞠家の家系図を作りました。偉いでしょう
これを見ながら本作を読めば、キャラクターを混同せずに物語を追っていくことができますよ。
キャラクターを覚えるのが苦手という人はぜひ活用してください。
家系図自体はネタバレ要素ではありませんが、見たい場合のみタップorクリックしてくださいね。
大鞠美禰子
大鞠美禰子は大鞠家長男・多一郎の妻です。
夫の多一郎は軍医として出征しています。
美禰子は大鞠家という特殊な空間に一人残される形で異分子的に扱われながらも、少しずつ環境に馴染もうと努力している苦労人。
「嫁ぎ先で苦労する嫁」という立ち位置の人物なのでなんとなく感情移入しやすいですね。
癖のある人物揃いの大鞠家にあって、美禰子の旧弊に囚われない爽やかなキャラクターは一種の清涼剤。
また、大鞠家の過去と比較的距離を取った中立的なところから物事を見ることができるのも美禰子の良さですね。
本作はこの美禰子の視点で進むシーンが多いので、これも本作の読みやすさに繋がっています。
別シリーズのキャラも出演
本作の一部のキャラクターは芦辺拓さんの別シリーズに登場していた人物ということです。
正直なところ、「その作品を先に読んでおけば良かった!」という気持ちもあります。
時間に余裕のある場合は事前に芦辺拓さんの「モダン・シティシリーズ」を読んでおくと良いかもしれません。
もちろん『大鞠家殺人事件』自体はノン・シリーズなので、必ずしも「モダン・シティシリーズ」を押さえておかなくても十分に楽しむことができるように書かれています。
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終わりに
『大鞠家殺人事件』は、大阪船場の商家「大鞠家」で立て続けに起こった怪事件を描くミステリーです。
「大鞠家」という特殊な環境、戦時下という特殊な状況をうまくミステリーに盛り込んでおり読み応えがありました。
ネタバレになるのでここでは言えませんが、終盤で明かされる「とある事実」は、本作だからこそのユニークさがあってめちゃくちゃおもしろかったです!
本記事を読んで、芦辺拓さんの『大鞠家殺人事件』がおもしろそうだと思いましたら、ぜひ手に取って読んでみてくださいね!
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
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